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安芸高田歴史紀行

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広島県安芸高田市

■シリーズお城拝見[第89回]隠地山(おんじやま)城跡(向原町坂)
歴史民俗博物館 副館長 秋本 哲治

2020年12月号以来、久々に「お城拝見」の復活です!近年は毛利氏を中心とした歴史の概略を紹介してきましたが、再び現地調査を行い、新たに発見した城跡を報告します。里山にはまだまだ地域の歴史が眠っています!

◇坂の城跡
過去の県教委の調査により、向原町坂には[A]日下津城と[]C久志城が確認されていました。その後は向原町で独自調査が行われ、その成果や本市の航空レーザ測量図を基に今回改めて現地調査を行った結果、新たに4か所を加えた6か所の城跡(下図)が確認できました。その内、[D][E][F]は地元の伝承がありましたが、今回の[B]隠地山城(仮称)は今回初めて確認したものです。

◇坂の領主
鎌倉末期に毛利氏が吉田荘に土着しましたが、中世の坂は吉田荘南半分の豊島郷内(当初は毛利氏領地外)にありました。1352年、当時南朝方であった毛利親衡(ちかひら)が坂を占拠し、「坂城」(日下津城とされるが、詳細不明)にこもり侵攻した北朝方の武田氏を撃退したことが記録にあります。その後、親衡の子匡時(まさとき)が土着し、坂氏を名乗ります。坂氏は毛利氏の分家として本家の執権となるなど、後に元就に粛清されるまで大きな影響力を持ち、ここから志道氏や桂氏が生まれました。

◇隠地山城
坂南部の権現山山頂から北東の尾根上にあり、標高262m、麓からの比高は50m。現在は烏丸神社となっている平坦地が中心で、背後の尾根を寸断している2重の堀切が特徴です。坂地区6か所の城跡のうち、隠地山城は小規模といえます。[A]から直線で650mと近距離にあり、同じ権現山山系であることから、[A]と関係深い城であった可能性があります。
なお、烏丸神社は俗にカラス権現といい、江戸後期には権現山山頂にあり、1960年に現在地に移転されました。

※地図は本紙をご確認ください。

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