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9月18日は「敬老の日」

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広島県府中町

■おめでとうございます
◇今年度100歳を迎えられる方
男性…0名
女性…12名

◇町内最高齢(8月1日時点)
男性…102歳
女性…105歳

9月の第3月曜日は「多年にわたり社会に尽くしてきた老人を敬愛し、長寿を祝う日」として、「敬老の日」と定められています。
敬老の日は現在の兵庫県多可郡多可町、当時の野間谷村が「敬老会」を主催したのが「敬老の日」の始まりとされています。そんな多可町の広報から「敬老の日の成り立ち」について紹介します。

■敬老の日のなりたち
(出典:兵庫県多可町広報紙 広報たか9月号 平成28年9月1日発行No.131)
昭和22年4月、35歳の若さで当時の野間谷村の村長に当選された故・門脇政夫さんが、長い間社会に貢献してきたお年寄りに敬意を表すとともに、その知識や人生経験を次の世代に伝授してもらう場を設けることを目的として、55歳以上のお年寄りを招いて、村主催の「敬老会」を開催し、ごちそうと余興でもてなされたことが始まりです。
第1回の敬老会は9月15日に開催されましたが、この日を開催日とされたのには、(1)気候的にも過ごしやすくお年寄りに適した季節であること、(2)農閑期で時間に余裕があること、(3)「養老の滝伝説」に因んでなどが理由でした。
昭和23年に公布・施行された「国民の祝日に関する法律」には、こどもの日・成人の日はありましたが、敬老の日はありませんでした。そこで、門脇さんはこの年に開催した2回目の敬老会で、9月15日を「としよりの日」と定め、村独自の祝日にすることを提唱しました。この時に「としよりの日」と名称を変更されたのは、祝日化に向けた運動を広めるため、また、老人が敬愛されるというだけでなく、老人も社会参加をし、みんなが老後を考える機会にしてほしいとの思いがあったからです。この動きは各地の市町村へと広がり、「としよりの日」の趣旨が賛同されていきました。それを受けて昭和25年に、まず兵庫県が9月15日を「としよりの日」と制定しました。さらに、県や国に対して働き掛けを続け、昭和41年、ついに「敬老の日」は体育の日などとともに国民の祝日に加えられました。

■敬老の日特別インタビュー -何歳になっても私らしく-
いくつになっても、自分らしく過ごすためのヒントをいきいきと過ごされている3名の方にお話を伺いました。

◇中筋たつ子さん(100歳)
健康長寿のヒントは趣味を持つこと!
麻雀歴60年の中筋さん。週5回、ご近所の仲間がご自宅に集い、和気あいあいと麻雀とお茶会を楽しまれ、毎日、新聞にも目を通すそうです。「麻雀は、会話をしながら手牌を考え、相手との駆け引きで頭と体を同時に動かすので脳が活性化され、認知症予防に最適かも」と娘さんは教えてくれました。軽やかな手さばきはとても100歳とは思えないお姿でした。中筋さんは、長寿の秘訣について、「お風呂はゆっくりつかり、夜は早めに休む。自分のペースを保ち、ゆったりとした生活を心掛けています。」と穏やかな笑顔で話してくださいました。

◇吉田隆さん(90歳)
自分のことは自分で、自立した高齢者に!
町社会福祉協議会会長や町老人クラブ連合会会長などの様々な要職を歴任されてきた吉田さん。「生活のリズムを整えること」「体を動かすこと」が大事と考え、午前中は畑仕事で汗を流し、午後はきちんと休息をとる。健康であるために、身なりを整え、毎日規則正しい生活を心掛けているそうです。現在90歳とのことですが、「自立した高齢者を目指したい」「笑顔と優しい言葉を忘れないようにしたい」と力強く語ってくださいました。

◇舛木明子さん(70歳)
人生楽しく、楽観的に!
取材に素敵な笑顔で迎えてくれた舛木さん。約30年、高齢者福祉の仕事に関わり、現在はWINDえのみやなどで相談員の仕事をされています。「困りごとや悩みごとを抱える人の話を丁寧に聞き、生活面をサポートすることは、なかなか大変な仕事ですが、やりがいを持って楽しく仕事をしています。」と笑顔で答えてくださいました。休みの日は気分転換に外出するなど大忙しの日々を送っているそう。友人からは回遊魚と呼ばれるほど、常にアクティブな舛木さんです。取材中も常に笑顔で明るく、こちらまで幸せな気持ちになりました。そんな姿に健康長寿のヒントを得ることができました。

問合せ:高齢介護課
【電話】286-3256

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