■日本遺産 藍のふるさと阿波~日本中を染め上げた至高の青を訪ねて~
▽藍と吉野川~吉野川の川湊~ 岩津渡し
岩津渡しは古記録の多い渡しであり、阿波誌や阿波郡庄記にも渡しの記録が残っている。撫養・伊予街道と接し、阿波と讃岐を結ぶ交通の要所として人や物資の往来が多かった。
渡しの始まりは江戸時代と推定され、徳島・池田間の中間に位置している。人々は古くから渡しを利用し、常に安全と利便性を求めていたという。
昭和28(1953)年、最も交通量の多かった岩津渡船に発動機船を使用し、県営渡船場となった。対岸には阿波の土柱があり利用客は多かったが、船が小さく一度に輸送できる数に限りがあった。この発動機船は、岩津橋(つり橋)が開通したことにより昭和33(1958)年8月4日に廃止となった。
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