伊勢湾台風から9月26日で65年が経過しました。このコーナーでは、現在ガイドボランティアとして活躍しているメンバーの被災体験を紹介します。
◆(5)どんどん増水する恐怖
午後8時半くらいに一時的に風雨が弱まり、外の見回りに行っていた両親が帰ってきた。ちょうどそのとき水が入ってきて、家族みんなで何も持たずにあわててツシ(天井裏の物置場)に上がった。父は仏壇から位牌を持ち出し、水に浮いた畳の上を渡って上がってきた。懐中電灯で1階を照らすと水がどんどん入ってきていて、すごく怖かった。母は弟に「これ以上水がきたら、屋根をぶち抜いて外に出ないといかんよ」と言っていた。自宅は宝川(現在の三ツ又池)の近くだったので、水と一緒に家の中に入ってきた川の生き物が、真っ暗な中でバタンバタンと音を立てていてものすごい恐怖を感じた。
幸いにも水は1階の天井から30cmほど下で止まり、胸をなで下ろした。翌朝は水が引いたので下に降りて、庭のまだ青いみかんと柿の実を食べて空腹をしのいだ。自宅の1軒おいた隣の家の人は家ごと流されていて、学校の同級生では亡くなった子もいた。
被災後は祖母の家で過ごした後、今伊勢中学校(一宮市)に疎開した。先生も同級生も親切にしてくれたのであまり寂しさを感じず、最近まで文通を続けていた友人もいる。疎開先で「伊勢湾台風の歌」を歌ったのを今でも覚えている。
西出律代、当時十四山東部小学校6年生
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