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加茂の風土記 大正四年、加茂山公園神池 五十五年ぶりの改修工事

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新潟県加茂市

連日三十五度をこえる猛暑日がつづき、観測史上最もあつい今年の夏もようやく一段落。加茂山公園の池の端にも涼しさが戻ってきた。ここの池は、古くは岡ノ町・矢立方面の水田の用水源であったが、江戸時代の青海神社境内の整備にともない、神池と呼ばれるようになり上から一の池・二の池・三の池がつづく。
大正四年(一九一五)十一月七日、この神池の改修工事が完工し竣工式が挙行された(以下『新潟新聞』大正4・11・9による)。
式には小林謙二加茂町長はじめ武石長治下条村長(代理)・加茂町助役・加茂警察署長などの来賓、氏子総代の市川順次郎(兼工事係)・皆川良七・関真平・本間嶺太郎・木戸常吉等が参列した。工事を請け負った小柳寅次(小柳組)・堀内権平の他工事に出役した加茂新田・矢立・岡ノ町・石川の氏子衆には、それぞれ感謝の意をこめて銀盃(ぎんぱい)と神酒一樽が授与された。加茂町と下条村の氏子には地区の責任者を通して祝いの神饌(しんせん)が配られた。
青海神社では、六十一年目毎の式年祭の年に、大浚(おおさら)えと称して神池の水を全部抜き清掃をし、故障箇所の修繕を慣例としていた。前回の大浚えは幕末の万延元年(一八六〇)に実施されており、それ以来五十五年が経過して「そろそろ修築が必要」との声も上がっていた。これに加えて、大正四年は大正天皇の即位の年と重なっており、国から御大典記念事業を企画するよう指導もあった。このため、神池の改修工事が天皇即位記念事業として計画されたものであったという。
工事は秋祭りの八月二十八日に起工され、雨の少ない時期に池の水を抜き大浚えを終えた。その後、池の周囲に石垣を積み、池を巡る遊歩道を整備した。工事期間は約二か月と短かったが、秋の農繁期にもかかわらず即位記念事業に協力するということで加茂新田・矢立・岡ノ町・石川の住民の出役を含め延べ四二七〇の人工を要した。工事費用約一三〇〇円は、全額加茂町と下条村の氏子等からの寄附金によってまかなわれた。
(長谷川昭一)

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