これまで西脇先生の代表的な詩を4編ほど紹介しました。今回は西脇先生の詩の中で最も長い詩を紹介します。
昭和44年(76歳)に筑摩書房から10巻の全集を出すことになり、詩人たちから二千行の詩を書いて欲しいと懇願され、何とわずか1か月で詩集『壤歌(じょうか)』を書きあげました。「壤歌」とは「土くれをたたいて歌う」という意味ですが、その裏には「冗(談)歌」「ジョーク」という意味が隠されていて、冗談、茶化し、だじゃれなどが次々に出てくる言葉の洪水に呆れてしまうような楽しい詩集です。その一部分を紹介します。
アジのたたきに二級酒を
のむために迷ってくる
ハチ公はまだ生きていた
シブヤの駅の前に屋台店を
出す人々のふるさとがあった
永遠の旅人は帰らずを
知らないで待ちつづけている
これは忠犬ハチ公の話ですが、中には次のようなものもあります。
「この辺のドゼウはどうだ」
「小さいよ なにしろタンボの
ミゾからとるのだから」
「こいつのたべかたがあるんだ
サンセウの粉にソバヤ的に切った
ネギにゴボウを…」
このなまぬるい魚のふく泡は
人間の絶望の泡の…
こんな調子で二千行も連綿と続いているのですから驚かされます。西脇先生の詩には「永遠」、「無」、「生」、「死」など哲学的な詩行がある一方で、この詩のようにユーモア、ウィット、パロディ、洒落など、読む人に思わず微苦笑をもたらすような詩があることも、西脇詩の多様性を示す1つの例として紹介しました。
(西脇順三郎を偲ぶ会会長 中村忠夫記)
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