小千谷の3月はまだ雪が残っていますが、東京に住んでおられた西脇先生はこの時期には道ばたに咲くすみれやタンポポの花を見ながら散歩していたのではないでしょうか。戦後まもなく出版された詩集『あむばるわりあ』の中に「春」と題した詩が載っています。
春
薄黄色い
心の幕(まく)に
ぼかされた薄灰色の
光輪の影かすかにうつる
春の訪れ
枝の先に葉の蕾(つぼみ)かたくふくらみ
草の葉のやはらかき走り
水は霞(かすみ)より流れ出て
霞の中へ流れ去る
淡き灰色の影
うつる心の野辺に
情人の心
花咲く蘆(あし)の
若き日の
水鳥の思ひ
西脇先生の最も有名な詩集『Ambarvalia(アムバルワリア)』は昭和8年に出版されましたが、昭和21年に改訂版とも称される『あむばるわりあ』を出版しました。戦争、敗戦を経験し、自分の心境が移りかわったと述べ、荒々しい言葉使いを訂正するなど、新たな詩を加えた詩集です。この詩などは同時期に出版された『旅人かへらず』を彷彿(ほうふつ)させるような穏やかな表現で書かれています。
さんさんと降り注ぐ春の光ではなく、春霞(はるがすみ)を通して淡い光の中にみえる早春の思いが実に繊細な言葉でつづられています。
(西脇順三郎を偲ぶ会会長 中村忠夫記)
問合せ:図書館
【電話】82-2724
<この記事についてアンケートにご協力ください。>