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絵手紙のひと 小池邦夫のうちあけ話(5)

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東京都狛江市

◆師(上)瀧井孝作 「手紙も文学だ」教えを糧に精進
《人には宿縁がある。小池さんと小説家で俳人の瀧井孝作さん(1894~1984)とは不思議な縁えにしの糸で結ばれている》
瀧井さんと出会うきっかけをつくってくれたのは、高校時代の書道の教師・沢田大暁(たいぎょう)先生でした。あの「トイレ落書き事件」で僕をかばってくれた人です。1966年、書の雑誌の特集で瀧井さんに会うため上京した先生に同行させてくれるよう頼んだら、快諾してくれました。
実は、瀧井さんの作品もよく知らなかったんです。でも、ある家で瀧井さんの「無限抱擁」の書を見て惹かれていました。八王子の自宅を訪ねると、中国・六朝(りくちょう)時代の石碑の拓本を見せてくれました。瀧井さんは72歳。僕は25歳。50歳近くも年下の若造に初対面で本物を見せる。その心遣いがうれしかったね。

《この時から、瀧井さんとどんどん親しくなっていく》
月2~3回、誘いの電話がかかってくるんです。行先は美術館や博物館、デパートの展覧会でした。恋人の電話を待っているようにいそいそと出かけました。会うと質問攻めにしました。「文学とは?」「芸術とは?」……。どんな質問にも丁寧に答えてくれました。手抜きはいけない、いい加減な仕事をしてはいけない――。多くのことを学びました。
瀧井さんが兄事する志賀直哉さんのお宅を一緒に訪ねた時には、「僕の年若い友人です」と紹介してくれました。歓喜しましたね。
瀧井さんは「初心」という言葉が好きでした。初心を忘れずに精進すれば、日記や手紙でも十分文学たりえる。君もやってごらん――。こう言われました。「はがき文学」を目指す大きな手がかりをつかんだ気持ちになりました。

《瀧井さんの後押しで本の装丁などに関わり、貴重な体験を積む》
装丁したのは、瀧井さんが師事した俳人・川東碧梧桐(かわひがしへきごとう)の「三千里」「続三千里」(講談社)と「現代日本文藝家 筆墨華撰(ひつぼくかせん)」(大和書房)。「筆墨華撰」は川端康成や井上靖ら瀧井さんを含む著名人15人の筆墨集で、部数限定の豪華本。「三千里」では解説も担当しました。何とか僕を世に出そうとしてくれたんですね。
瀧井さんが和紙に万年筆で書いた「初心」は、僕の宝物です。

◆次回はもう一人の恩人・中川一政さんについてお話します。
(聞き手 元新聞記者・佐藤清孝)

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