JR烏山線が令和5年4月に全線開業100周年を迎えたことを記念し、市民の皆さんから寄せられた「からせん」の思い出を紹介します。
◆磯和子さん(下川井)からのエピソード
那珂川町へ遊びに行くときに渡る踏切がある。そこに遮断機があったか、警報機があったかも記憶にない。踏切を渡る手前で汽車の来る場面に出会った4、5人の子ども。私もそのうちの1人。汽車の姿にバンザイの連呼、手を振り、飛びあって叫んだ。目の前にくる汽車に歓喜しての行動であった。
「あれ!汽車が停まった!」
なぜ停まったかも知らずにいると、顎に紐をかけて帽子をかぶった人が汽車から降り、線路のあたりをキョロキョロしている。そして汽車に戻ると、ゆっくりと汽車が目の前を通過して行った。何事もなかったかのように。
バンザイが汽車を停めてしまったのだった。90歳になった今、遠いあの日を思い出したのである。
◆滝口節子さん(志鳥)からのエピソード
平成29年3月3日。烏山線を走っていた気動車キハ40形はこの日が最後の走行となり、蓄電池車両アキュムにバトンタッチしました。私も大金駅で最後の姿を見送りました。
キハ40形の思い出を残しておこうと思い、その晩短歌を詠みました。
烏山線のひとつの歴史かなとキハ40形を忘れないようにしたいと思っております。
-山里を走りし気動車オレンジの車体は今も眼裏にあり-
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