■国道の横断
1970年初頭から、交通量が急激に増加し、それに伴い全国で交通事故が急増し社会問題となっていました。この頃、北谷村砂辺区に住む小学生は、村内の小学校が遠いため、通学の便利さを考慮して嘉手納小学校へ通うことになっていました。また、中学生も距離のある北谷中学校に通っていました。そのため通学の際は、最も交通量の多い国道58号を横断しなければなりませんでした(写真参照)。
こうした状況を受けて、北谷村は国に対して国道58号へ歩道橋の設置を求めていました。その結果、1975年(昭和50年)6月から砂辺を皮切りに、謝苅入口や北前に歩道橋が架設されることとなりました。
[掲載資料]写真:30620019423横断歩道/砂辺(1975年)
※写真は本紙をご覧ください
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