■首里巡検〜宗教施設編
皆さんこんにちは。今月は仏教に関わる施設を紹介します。沖縄に仏教が伝わったのは、13世紀中頃で禅鑑(ぜんかん)という僧の渡来に始まります。以降15世紀半ばから16世紀始めにかけて、多くの寺院が建立されました。僧侶は、国の安泰を祈り先祖を供養するばかりでなく、外交を担い、文化を伝える重要な役割を果たしたとされ、寺院は琉球国の重要施設に位置付けられていました。
◇円覚寺跡(えんかくじあと)
円覚寺は沖縄における臨済宗の総本山です。尚真王が第二尚氏王統の菩提寺として建設しました。名称の漢字は同じですが、読みが違う鎌倉時代に立てられた円覚寺(えんがくじ)が鎌倉にあり、それに倣ったのではないかという説もあります。〔首里当蔵町二丁目〕
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15世紀末に作られた小さな石橋。欄干には獅子が、羽目石には雲や鶴、椿の花、牡丹や蓮などが施されています。
#円覚寺
#彫刻
#放生橋
※戦前の沖縄の文化を、数多く記録し保存した鎌倉芳太郎氏の「沖縄文化の遺宝」に、放生橋の戦前の写真が掲載されているんだったな。
◇弁財天堂(べざいてんどう)
弁財天堂は円鑑池(えんかんち)という池の小島にある、小さなお堂です。昔、朝鮮の王から送られた仏教の経典(大蔵経)を納めていたのですが、今は弁財天という航海の神を祀っています。また、弁財天堂と通り道をつなぐ橋のことを天女橋と呼びます。
〔首里当蔵町一丁目三〕
※天女橋は国指定重要文化財になっている。沖縄戦の砲撃で、弁財天堂は島ごとなくなり、天女橋は破損してしまったのか。
■高校生’seye
弁財天堂は首里城から少し離れた場所にポツンと佇んでおり、一見すると何を目的に建てられたのか理解し難く不思議な建物に感じられました。しかし、弁財天堂が琉球国の第一の守護神として、航海安全を司る水の女神・弁財天を祀っていたことを知り、そこに込められた当時の琉球の人々の強い思いをひしひしと感じとることができました。
円覚寺では鎌倉の円覚寺(えんがくじ)を模して作られたことを知り、私たちの普段の学習の知識と身の回りの歴史や文化との結びつきを感じられて、とてもうれしく思いました。また円覚寺は、朝鮮・中国・日本などの周辺諸国の文化の影響を受けており、当時の琉球国が仏教を重んじていたことが具体的に感じられる魅力的な建物でした。
私たちの身近に世界遺産や国指定重要文化財といった琉球国時代の歴史や文化を学ぶ上で重要な建物が現在でも多く残っていることに、驚きと面白さを感じました。担当:首里高等学校久田夏輝、榎本和美、志良堂巧人、長田悠暉、波照間充哉、眞喜志亜美、吉元陽輝
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