■被災を乗り越え新天地でスタートを切った 一富士旅館(赤池原町)
・いちふじりょかん
大正時代創業。移転前は九日町に旅館があり、昔ながらの町屋造りと料理に定評があった。松田柳一館主、淳子女将、次男の諭代表の家族で経営。令和2年7月豪雨で被災し、赤池原町に再建した。
令和2年7月豪雨の甚大な被害を乗り越え、約4年ぶりに営業を再開。市内で被災した旅館が元の場所で再建を果たしていく中、郊外の新天地を再建の地に選んだ。
移転前は九日町通りにあり、町屋造りの旅館で多くの観光客でにぎわっていた。豪雨時は2階まで浸水し、3人の宿泊者と屋上に避難。水が引いた後はあまりの状況にぼうぜんとなった。現地再建も考えたが、古い木造の建物だったため被害がひどく断念。解体せざるを得なかった。そこで、以前よりも広い場所で離れの旅館が建設できる場所を探し、温泉が湧く現在の場所に移転を決意した。
再建を目指し、女将(おかみ)の淳子(じゅんこ)さんは九日町のコンテナマルシェでテイクアウトの料理を提供。旅館の常連客やまちの人が訪れ、完売する日もあるなど好評だった。「苦労はあったけど、心温まる支援で感謝の気持ちだけが残りました」。料理を主に担当する息子の諭(さとし)さんは、阿蘇市の老舗温泉旅館で修業。料理はもちろん、経営手法などを学び再建に備えた。
新しい旅館は9月20日にプレオープン。既に多くのお客さんが訪れ、次の宿泊予約をして帰るリピーターがいるほどの盛況だ。11月8日にはグランドオープンを控え、「人吉温泉 石野乃湯 ICHIFUJI RYOKAN」として新たなスタートを切る。
<この記事についてアンケートにご協力ください。>