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第80回 こうし歴史発見

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熊本県合志市

■合志市の地名の由来シリーズ
先人たちは「地名はその土地の生き証人である」「その土地の歴史であり、生活そのものである」などと記し、地名そのものが、その土地の文化や歴史とが深く関わっていることを示唆しています。
市民の皆さんからも「生まれてからずっと住んでいるけれど、地元の地名の由来を知らない」「転居して合志市に住むようになったが、地名の由来を教えてほしい」などの声を耳にしました。そこで、本市にある地名に関して文献、文書を調べ“合志市の地名”についてまとめてみました。シリーズで紹介していきます。

◇第1回 合志が『ごうし』と濁らないわけ
合志の地名については『日本書紀』という歴史書の持統天皇10(696)年の項に「肥後国皮石(かわし)郡の壬生諸石(みぶのもろいし)」という人の記述があります。また、和銅6(713)年、元明天皇の『諸国郡郷名著好字令(しょこくぐんごうめいちょこうじれい)』(郡郷の名には好い字をつけよという勅令)以降に皮石(かわし)郡は合志(こうし)郡と改められ、その後定着したものと思われます。
このように、皮石(かわし)から転じたため、合志の読み方は“ごうし”ではなく“こうし”と濁らないわけです。

◇年表
飛鳥時代:持統10(696)年…『日本書紀』「肥後国皮石郡」の記述
奈良時代:和銅6(713)年…『諸国郡郷名著好字令』により合志郡と改められる

問合せ:生涯学習課 生涯学習班
【電話】096-248-5555

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