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知ってる?玉東の歴史[16]

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熊本県玉東町

◆玉東町と世界恐慌
昭和2年に金融恐慌、昭和4年にアメリカを起点とした世界恐慌が起こり、日本国内の農村に深刻な影響を与えました。当時国内の主要産業であった繭はアメリカの不況の余波を受け、急激な生糸相場の下落による価格の暴落が起こり、養蚕業が盛んだった玉名郡に大きな打撃を与えました。これに対し、当時の人々は様々な対策を講じており、副業として養鶏の奨励が行われていました。山北村では零細農家の救済を目的に山林開墾の奨励が進められ、山林などの中に甘藷畑や桑畑を開墾することを積極的に奨励していました。また、熊本市桑苗生産販売同業者組合から木葉村村長に宛てた文書には「養蚕家の自覚を促し、桑園をもとに確固とした養蚕経営をすることはきわめて大切な問題である。そのため現在の桑園はまだ大いに改善の余地がある」と訴え、桑苗の販売に協力を頼んでいます。
恐慌時の玉東町の様子については不明な点もありますが、各地域の人々が不況から脱しようと努める様子が窺えます。

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