大聖寺城跡は、昭和35年からは市史跡の指定を受けて守られてきましたが、皆様には「錦城山」と呼んだ方が親しみ深いかも知れません。大聖寺藩邸があった錦城小学校の後ろにそびえる山の中、錦城山に、大聖寺城がありました。大聖寺藩があった頃よりも少し前の時代の城です。
今の大聖寺の町並みは、江戸時代以来の町割りがよく残っていて、『城下町大聖寺』と呼ばれます。でも、城下町が造られたころには、錦城山の中の大聖寺城はもう使われていないのです。藩の中心は錦城山のふもとの藩邸で、その周りに町ができていきました。
さて、この大聖寺城跡は、江戸時代の大聖寺藩が立入禁止の山にしたおかげで、昔の姿がとてもよく残りました。平成23年から27年にかけて、一部を発掘してより詳しく大聖寺城跡のことを調べました。
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