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まちかど a street corner(240)

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石川県津幡町

■天災と生活の成り立ち
能登半島地震は能登半島、さらには北陸全体に及ぶ甚大な被害を与え、今も復旧途上にある。津幡町においては前年7月12日の豪雨水害での復旧の中、地震に遭遇し様々に罹災した方々がおられる。道路、電気、通信、上下水道などライフライン、さらには日常の家屋、食糧、生活道具に至るまで、地域での「生活」は、それらが完備されつながる仕組みの上ででき上がり、必要でないものはないことを改めて知る。
数年にわたり群発地震が続いていたとはいえ、年始め正月1日に来なくてもと正直思いたい。さらに言えば、夕方でなくてとか、復旧するのに夏場だとどうなるだろうかとか、天災、特に豪雨、地震などの時期や時間を考えてしまう。頻発することも、そして時期も単なる偶然であることを理解していても、気持ちに違和感が残る。そこで、物理学者、地震研究者そしてエッセイストであった寺田寅彦の『天災と国防』を再読し直した。関東大震災後で昭和初期に書かれた内容であるが、今日でも通じる、寸紛の曖昧さもなく明確に響く至言の数々がある。
同文中では、天災が頻発することは特段珍しいところではない。何千年に一度も「自然変異の現象」である。いつかは廻って来ると想定し、その前に準備をすることである。さらに日本の独特の地形や環境ではいつも備えをしておかなくてはならない。大陸の東端にある列島は島国として、地球の鼓動をそのまま受ける場所でもある。人の生活水準が上がる、つまり文明が進むほど、災害の程度が大きくなる。生活の利便性は文明の成果であるが、それが壊れたとき、ある水準までの復旧が要求される。風光明媚の場所であっても文明の利器によって生活が成り立っているのである。文明が進むほど復旧の度合いが大きくなるという。水については身体の維持に必要であり、上下水道として整っているところに断水となると、生活水準は大きく低下する。さらに、同様に日本全体が高度な有機体として様々につながる血管や神経系にようになっている。そこが一部でも遮断されてしまうと全体に波及してしまう。それを踏まえ、天然の強敵である天災に科学的対策を講じることが必要だと結んでいる。

▽谷本亙(たにもとわたる)
津幡町潟端在住。まち and むら研究所代表。
伝統工芸品、日本酒、農産物及び加工品開発、観光調査などに関わる。
現在、各種事業支援活動を中心に、農企業の役員、医療関係のNPO法人などの役員を務めている。

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