■駒が橋 東急バス (日21・22系統)
バス停の名称には、昔の地名が残るものがあります。第4回は下田町にある「駒が橋」バス停の歴史をたどります。
『新編武蔵(むさし)風土記稿』によると、かつて高田町から日吉に流れていた松の川に架けられていた橋は、源頼朝がこの辺りを通った際に、乗っていた駒(馬)が走り出してこの橋付近で止まったため、「駒が橋」と名付け、村の名前も「駒が橋村」としたようです。(現在の港北区下田町)
また、『港北百話』では、頼朝が松の川の流れに駒(馬)を乗り入れて渡ったので「駒が橋」というようになり、近くの丘には、その時濡れた鞍(くら)をかけて休息した「鞍掛の松」があったとしています。
参考文献:平井誠二(ひらいせいじ)『わがまち港北』
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