2025年は、戦後80年、ミレニアムに沸いた2000年から四半世紀を迎える。二つの節目に至るまで、社会は何を得て、何を失ってきたのだろう。
スマートフォンをはじめとする通信技術や機器の発展は、世界と瞬時につながることを可能とした。
しかし、それは、人と人とのつながりを希薄にさせる一因ともなっている。
戦前より横須賀は、日本中から集ったさまざまな人々とその個性が、まちを形づくってきた。個性の輝きは、昔も今も変わらず、このまちに彩りを添える。
本号では、横須賀を想い、信念を貫き続けた方々にスポットライトを照らす。これまでの想いや信念とともに、次の四半世紀に向け、何を話してくれるのだろう。
戦後、横須賀に渡ってきた「Rock」は音楽を超え、生き様を現す「Mind」に昇華した。
唯一無二の個性。それを「Rock Mind」と呼びたい。
■〔Chapter1〕横須賀の酔いも甘いも3つの時代で見つめてきて
STANDARD BAR Kent 倶楽部
マスター 坂田健治さん
Profile:上町生まれ。根岸町在住。昭和63年から同じ場所で同じ店を営む。今年でちょうど人生の半分以上となる。
汐入駅から徒歩約10分。ドブ板通りから少し離れた路地裏には、趣のある飲食店が軒を連ねている。その喧騒の中に「STANDARD BAR Kent 倶楽部」の看板は、静かに佇んでいた。扉を開けると、カウンターと数席のテーブル、流れるジャズとグランドピアノが重厚さを醸し出す。壁に貼られた色褪せた1ドル札の数々は、時の流れと訪れるさまざまな客の表情を彷彿とさせた。カウンターの中には、年齢も国籍も異なる人々を前に、横須賀の夜を見つめ続けてきたマスターの坂田さんの姿があった。
◇お洒落がある横須賀で
11月のある日、店内ではジャズのスタンダードナンバーが奏でられていた。坂田さんの横須賀のイメージは、音楽が似合うまち。「そこには当然、お洒落さが必要。お洒落さがない横須賀なんて、横須賀じゃない」と語る姿に、洗練さが感じられた。当時にしては珍しく、高校3年生の頃からオーダーメイドのワイシャツを着こなし、横須賀のまちを巡っていたという。生粋の洒落者だと感じさせるエピソードだろう。
追求するものはお洒落さだけではない。「来てくれたお客さんに、良い時間を過ごしてもらいたい」という想いを持ち続け、気づけば36年。ずっとカウンターに立ってきた。そして、今もなお、休日にはさまざまな店へ足を運び、進取の精神を欠かすことはない。ソーダの扱いひとつとっても、長年のプライドが垣間見える。
◇薄れつつある個性
来店する20代の若い人たちの中には、他には無い店の雰囲気に魅了され、足繁く通う人も少なくないという。しかし、うれしさの反面「30年前の横須賀には、個性が際立つ店が数多くあった。それぞれの放つ独自の光が、まちを輝かせていた」と寂しさをにじませる。十年一昔という言葉がある。しかし、今はわずか数年足らずで、人やまちの姿、流行が大きく変わってしまう時代。坂田さんは、横須賀の店の移り変わりとともに、それを目の当たりにしてきた。
「個性が感じられる店は、人を惹きつけ、その先も残っていく。魅力ある店が姿を消していくことで、まちの良さも失われてしまう」と憂いながらも、信念は揺るがない。
◇未来へつなぐ志
25年後、坂田さんは白寿に近づく。個性あふれる“先輩”たちが、このまちで灯してきた光を絶やさぬよう「未来の自分を探したい」と、明日を見つめている。自らの志を引き継ぐ、まだ見ぬ“後輩”との出会いを望み、今日もカウンターに立つ。
昭和・平成・令和の歴史を刻んできたグラス。ゆっくり注がれたウイスキーに、変わらぬ個性が色づく、25年後の横須賀の夜のまちが見えた。
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