■〔Chapter3〕本も人生も一期一会 まちの仲人、巡り合わせて幾万冊
Books and coffee AMIS
稲葉恵一さん
Profile:東京都台東区生まれ。育ちは大田区で三島由紀夫邸のほど近く。その時から文学とのつながりは離れない。富士見町在住。
横須賀中央駅から平坂を上り右へ曲がると、昭和の情景が残る中里商店街にたどり着く。古書店「Books and coffee AMIS」はその一角にある。店主の稲葉さん自らが選び、仕入れた本を陳列する店先は、日ごとに違う表情を見せる。
◇それぞれに相応しい一冊を
東京で生まれ育った稲葉さんは、12年前に横須賀へ。それまで、都内の大型書店の店長をはじめ、「本」と関わる仕事に長く携わってきた。都会の暮らしでは味わえない、星の輝きや自然の豊かさを感じながら、2016年に「AMIS」をオープン。
「Books and coffee」と名のつく通り、カフェスペースも併設。お気に入りの本とともに、店主自慢のコーヒーを味わうこともできる。
「本は、衣食住の後に来てしまいがち。たとえ値段を1円にしても、興味のない人は買わない。だからこそ、自らが選び、仕入れた本で作った書棚から、手に取ってもらえる瞬間は、他にはない喜びがある」と、この仕事の醍醐味を教えてくれた。
「AMIS」のオープンから8年。来店客とのコミュニケーションと、街ゆく人への挨拶は欠かさない。「ようやく、このまちに馴染めてきた」と笑顔をのぞかせた。書店などに足を運ばずとも、インターネットで何でも手に入る時代。しかし、稲葉さんは「本も人生と同じ、一期一会」という信念を貫き、その人に相応しい一冊を対面で選び続ける。店主と一冊の本、その本の次の持ち主が紡ぐ物語が見える気がした。
◇一生ものと出会えるように
「読書離れ」が進む今、姿を消す書店は後を絶たない。本と長い時間を過ごしてきた稲葉さんは、何を思うのか。
「紙の本からしか得られない温もりは、かけがえのないもの。今後も消えることはないだろう」と前向きな表情で語った。デジタル全盛の若者たちに「一生もの、と呼べる本に出会ってほしい。親友と出会うように」と願いながら、自らが選び抜いた本を並べ続ける。
◇物語が生まれるこのまちで
稲葉さんに未来の姿を尋ねると、横須賀を愛する古書店の店主らしい想いがにじむ。「大正から昭和の時代には、横須賀を舞台にした作品、横須賀生まれの作家の作品が数多くあった」という。稲葉さんが横須賀に移り住み、まず初めに訪れた場所も、ある作品の舞台となった遊郭の跡地。かつての作品たちに描かれてきたように「横須賀は、物語が生まれる場所」と語る。「ここで出会った本から、新たな人生を見つけてもらい、物語をつないでほしい」と、若者たちへエールを送った。
そして「終の棲家と決めたこの場所で、最低でもあと10年は続けたい」と意気込む。「ただ、続けるのなら、場所は北側がいいな。ここは南側で、本が色褪せちゃって」と笑った。「書を捨てよ、町へ出よう」という有名な一節がある。しかし、稲葉さんを前にすると「町へ出よう、書を探そう」と背中を押された気がした。
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