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越前町の指定文化財を訪ねよう123

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福井県越前町

■『神明ヶ谷須恵器窯』編(1)
学H:初めまして。私は一昨年織田文化歴史館に来ました、埋蔵文化財担当の学芸員のHです。よろしくお願いします。
E子:E子です。よろしくお願いします。今回はどこの史跡に行くのですか?
学H:今回は宮崎地区小曽原にある神明ヶ谷須恵器窯跡に行きたいと思います。E子さんは須恵器というと何が思い浮かびますか?
E子:須恵器ですか?う~ん、色が青灰色ということ?あとは…わからないです。
学H:須恵器とは古墳時代に渡来人によって朝鮮半島から日本にやってきた陶質の焼物です。古墳時代の中頃から平安時代にかけて皿やお椀、壺・鉢などがつくられていました。
時代によって須恵器の用途が異なります。古墳時代は、多くが葬祭供献用に使用され、飛鳥・奈良・平安時代には日用品として使用されていました。また、E子さんが言ったように、須恵器は青灰色をしていることが特徴です。
それでは、実際に須恵器が作られていた窯跡に行ってみましょう!

神明ヶ谷の須恵器窯跡へ向かう

学H:こちらが県指定史跡、神明ヶ谷の須恵器窯跡です。
※写真は本紙またはPDF版に掲載されています。
昭和四十年(一九六五)に、発掘調査が実施され、平安時代前期に山の斜面を削ってつくられた穴窯であったことが明らかとなっています。全長九・三m、最大幅一・二mを測り、薪を入れる「焚口」、薪を燃やす「燃焼室」、須恵器を焼く「焼成室」、煙を出す「煙道部」から構成されています。「煙道部」は消滅していました。
E子:ここで須恵器が作られていたのですね。
学H:次回は神明ヶ谷須恵器窯跡について詳しく見ていきましょう。

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