◆〝研ぎ〟は人の人生に似て
井浦 明(いうら あきら)さん
(井浦刃物店 店主)
彼に研いでもらうと、食材に刃を当てただけで「お主やるな」と言いたくなる程の切れ味に生まれ変わる。高級品・量産品に関係なく指先の繊細な加減で、研ぎ石と刃の微妙な角度を捉え、最高のパフォーマンスができる包丁へと研ぎ上げる。
「井浦刃物店」は創業72年。当初、父親が古賀駅西口商店街の中ほどで始めた小さな店だった。貸店舗ながら3人の見習いを置き「ここで研いでもらうと何でもよく切れる」と大評判。引きも切らず客が訪れた。生まれが農家で農具に詳しく、また大工という職業柄、鑿鑿のみのや鉋かんななどの専門の道具類の手入れまでできると重宝がられた。忙しく働く父の背中が、技術はもとより職人として、また人としての生き方を教えてくれた。「死ぬまで働かんといかん。ここは絶対やめん。」そう言っていた苦労人の父親を、彼は研ぎ師として日本一だと思うし、誰よりも敬愛している。
生まれついての難聴で、小学校の頃から席はずっと一番前だった。「通信簿は、国語が2、算数は1。何しろ聞こえないんだからしようがない。だけど親譲りの器用さと運動神経で図工と体育は5で大得意だったよ。」と笑う。
耳のせいで就職活動も難航し、その後も順風満帆ではなかったそうだ。にもかかわらず彼は、「辛かった」という言葉を一度も口にしなかった。苦労話の最後には必ず「まあ仕方ないけどね」と終える。母親は我が子の耳が悪いと知って、自身の命と代えてでも治るようにとずっと祈っていたそうだ。責任を感じ辛い思いを抱き続けた親を見ながら、彼もまた愛する親のことを今もなお気遣っているのかもしれない。
ギターにのめり込んだのは映画音楽「禁じられた遊び」を聞いてから。中学生の時、学校放送で聴いた切ないメロディに涙が出るほど感動した。「この曲を弾いてみたい!」ギターと教本とレコード盤を購入し夢中で練習した。
75歳、今もギターを続けている彼に「禁じられた遊び」を弾いてもらうと〝明少年の胸の震え〟が今も新鮮に伝わってくる気がした。
息子が三代目を継いでくれるので後顧の憂いはない。まだまだ体も元気。最期までこの場所で趣味も仕事もやり切るつもりだ。
今日もまた、ゆったりと会話をするように奏でるやわらかな音色が店の中から聞こえてくる。
*研ぎに出す人も近年減り、いい物を長く使う人が少なくなったと実感。いい道具は手入れさえすれば長く使い続けられるし、使えば使うほどに手に馴染んで使いやすくなりますよ、と井浦さん。
[井浦刃物店]
住所:天神1-3-18
P:3台(店の隣奥)
休:日曜日
営業時間:9時~18時30分
*研ぎ:一本30~40分程度
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