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あけてみよう! 歴史のとびら 165

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福岡県大野城市

かつて、大野の町にアメリカがあった

■白木原ベース通りの黄金時代
昭和32(1957)年には板付基地に駐留するアメリカ兵やその家族、軍関係者は約1万人に達しました。
彼らを顧客として急速に発展を遂げた白木原ベース通りのにぎわいについて、白木原在住の人によれば、「西鉄白木原駅東口前で母がライト美容室を営んでいて、近所に8軒の米軍ハウスがあった。ある日、そのハウスに住んでいるアメリカ人の奥さんが美容室に来て、「プリーズマリリン・モンロー」と言い、母は注文通りにアメリカ人の奥さんをマリリン・モンローのヘアスタイルにした。すると、その奥さんは大喜びで近所や友達のアメリカ人の奥さんたちに宣伝してくれ、美容室は大繁昌になった。新婚旅行でマリリン・モンローが来福した頃で彼女の髪型は大流行していて、美容室でマリリン・モンローの髪型になったアメリカ人の奥さんたちは笑顔で店を出て行き、白木原ベース通りの町中がマリリン・モンローだらけになっていた。そんな白木原ベース通りにはバーもたくさんあり、ウイスキー一杯もビールもつまみも全部千円。千円だからおつりを払う手間もないし、先にお金を受け取ってから酒やつまみを渡していた。カウンターの下に置いたリンゴ箱に千円札をどんどん入れていたら、箱に入らずもりこぼれてくるので、リンゴ箱に入れた千円札を足で踏みつけてバーカウンターで働いていたと知り合いから聞いた。戦後すぐ、日本人はご飯も食べられないほど貧しい時に基地ができ、白木原ベース通りは黄金時代を迎えていた。そんな当時の様子を知る人も年々少なくなってきた。」と懐かしそうに語っています。
基地返還後、春日大橋の建設に伴い白木原ベース通りは両側5mずつ拡張され、当時の面影は残っていません。ただ、かつてそこにあったアメリカがなくなっても市内には当時の物語や遺構が遺されているのです。

問い合わせ先:心のふるさと館文化財担当
【電話】558-2206

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