市内の歴史遺産のロマンを追いかけるシリーズ
■三十.秋月の乱出陣
若手を中心とした旧秋月藩士は、今村百八郎を隊長と決め、拠点を西福寺としました。しかし、続々と参集する旧藩士は西福寺に収まりきらず、田中天満宮を次の集合場所としました。今村に翻意を促すための説得に郡長が赴きますが、相手にもされませんでした。
また、士族の中にも慎重派、穏健派がいて、次期尚早であると今村らを説得しますが、これにも応じず、1876(明治9)年10月27日、今村百八郎は200有余名の秋月党隊士と共に西福寺を出発します。その際、警察の間諜らしき人影を追いかけ、捕縛すると、穂波半太郎と名乗ります。当初、同士として合流すると話す穂波でしたが、秋月党の説得に来た福岡県警の警官と判明すると今村の号令により斬殺されます。穂波半太郎は福岡県警初の殉職者といわれており、朝倉警察署では毎年慰霊を行っています。
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