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ゆくはし今昔物語

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福岡県行橋市

来年、市政70周年を迎える行橋市。山や海に囲まれ、京築地域の中核として人が行き交い、歴史と文化が育まれてきました。昔懐かしい行橋の風景や町なみの、「今」と「昔」をご覧ください。

■~Vol.1行橋駅~
行橋市の玄関口である行橋駅。行橋に鉄道がやってきたのは今から約130年前の明治28年(1895)4月1日のことで、九州鉄道が行事駅を開設し、小倉-行事間が開業したのが始まりです。行事駅は現在の行橋駅の北側700m、行事地区の鎮守様である正ノ宮付近にありました。同年8月15日には現在地に豊州鉄道が行橋駅を開設し、行橋-伊田間を開業。九州鉄道は延伸し、行橋駅を豊州鉄道との共同駅としたことから、行事駅は僅か4ヶ月半で廃止されました。九州鉄道、豊州鉄道はのちに国有化されましたが、昭和62年(1987)の国鉄民営化によって、行橋駅はJR九州の日豊本線と、平成筑豊鉄道の田川線の2路線が乗り入れる駅になります。

◆平成2年(1990年)通勤・通学時の行橋駅
当時、乗降口は東側にしかなく、駅前は行きかう人々、タクシーやバスなどでごった返していました。バスが終点の行橋駅から出発地へ向けて折り返す時、係員が警笛を鳴らしてバスを誘導する景色は行橋駅お馴染みのもので、当時を懐かしく思われる方も多いのではないでしょうか?
・現在の駅東口のロータリーに木造の駅舎があり、外壁は鮮やかな水色で塗られていました。

◇平成11年(1999)現在の高架駅が開業
行橋駅は平成4年(1992)から駅高架事業に着手。7年の歳月を経て、現在の高架駅が開業しました。鉄道により分断されていた駅の東西が一体となって新たに西口が設けられ、駅西側の「安川通り」沿線が発展する契機となりました。

◆現在の行橋駅と東口広場
広場にはかつて行橋機関区にあったC11形蒸気機関車の動輪が展示されており、行橋駅が京築地方の鉄道輸送のターミナルとして発展したことを偲ぶことができます。また先月には、ウクライナ人彫刻家、ヴォロディーミル・コチュマルさんによるフリーダ・カーロ(20世紀を代表するメキシコ人女性画家)のブロンズ像が新たに設置されました(写真左下)。駅東口の駅前通り(県道行橋停車場線)の拡幅工事も進んでおり、令和時代に入った行橋駅の周辺は、今もなお、目まぐるしく変化しています。
・現在、一日約5,000人が利用しています。

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