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ゆくはし今昔物語

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福岡県行橋市

市制70周年を迎えた行橋市。山や海に囲まれ、京築地域の中核として人が行き交い、歴史と文化が育まれてきました。昔懐かしい行橋の風景や町なみの、「今」と「昔」をご覧ください。

◆Vol.021 行橋と駅伝競走
新しい年を迎え、元旦はニューイヤー駅伝(全国実業団対抗駅伝)、2日、3日は箱根駅伝と駅伝をテレビなどで視聴した方も多くいたのではないかと思います。
今やすっかりと正月の風物詩となった駅伝競走ですが、日本における競技としての発祥は、東京奠都(てんと)(首都移転)50周年を記念して大正6年(1917)4月27日に開催された、「東海道駅伝徒歩競争」とされます。関西組、関東組に分かれ、京都・三条大橋を午後2時に出発し、東京上野・不忍池(しのばずのいけ)までの23区間、約508kmを昼夜問わず走り抜けたもので、先着の関東組がゴールしたのは翌々日の29日午前11時34分でした。

◇1958年/昭和33年 行橋京都中学校駅伝競走
行橋での駅伝競走の始まりは定かではありませんが、戦前より京都高等女学校(現在の京都高等学校)では、毎年今川の堤で校内対抗駅伝競走を行っていました。
左の写真は昭和33年(1958)11月23日に行われた「第三回行橋京都中学校駅伝」のスタート風景の1コマです。スタート地点は行橋駅(現在の東口)で、苅田-行橋-勝山-犀川-豊津-行橋と行橋市と京都郡内(現在の苅田町とみやこ町)を一周するコースでした。

(本紙写真)「第3回」とあるので、「第1回」は昭和31年に開催されたと推定されます。選手の胸元のゼッケンには「今中」、「苅田」、「豊津」など学校名が書かれています。

◇2024年/令和6年 京築地区中学校駅伝競走大会
「行橋京都中学校駅伝競走」はなくなり、令和の現在は、豊前市、築上郡の中学校もあわせた京築地区大会として、今川のサイクリングロードを周回するコースで1分1秒を競っています。
京築地区中学校駅伝競走大会(男子:第62回、女子:第39回)は10月26日に行われ、男子は6区間18km、女子は5区間12kmを襷で繋ぎます。結果は、男子は優勝・中京中学校、準優勝・苅田中学校、女子は優勝・行橋中学校、準優勝・苅田中学校でした。
中京中学校の男子駅伝チームは、11月9日の福岡県大会を京築地区出場チームとして初優勝しました。

(本紙写真)中京中学校の男子駅伝チームは、令和6年12月14日に滋賀県野洲市の滋賀県希望が丘文化公園で開催された全国中学校駅伝大会(全中駅伝)に、福岡県の代表チームとして出場しました。

全中駅伝では18kmを6人で繋ぎ、初出場ながら見事に第10位の好成績(59分05秒)を収めた中京中学校の快挙。「襷を繋ぎ、物事を成し遂げる」ことの大切さを改めて教えてくれました。

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