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【特集】おかいこ様のはなし(4)

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福島県二本松市

■福島県・二本松市の「養蚕」
都道府県別の上繭(じょうけん)量生産状況をみると、福島県は、群馬県、栃木県に次いで全国3位。17%のシェアを占めています。(図1)
二本松市の繭生産量は、3,464kgで、市町村別で県内1位のシェアを誇ります。(図2)
蚕が食べる桑、その桑園面積でも県内1位の面積となっています。
昭和の終わりから平成にかけて行われた「ガット・ウルグアイ・ラウンド」などによって下落した価格は、以前ほどではないものの、回復傾向にあります。(図3)

◆[図1]都道府県別の上繭(じょうけん)量構成割合

◆[図2]福島県内の繭生産数量

◆[図3]繭1kg当たりの価格

◆「ようさんYouTube(ユーチューブ)!!」
福島県では、1,400人いる福島県農林水産部職員が「1400のネタばらし」として、YouTubeでさまざまな動画を公開。そのなかのひとつ『養蚕』も絶賛公開中です。本紙掲載の二次元コードからぜひご覧ください。
※グラフは「令和4年度ふくしまの蚕糸」(福島県農林水産部)に掲載の数値より作成

■二本松の「製糸」
明治時代の二本松で、近代製糸業の先覚者といわれるのが山田脩(やまだおさむ)。日本初の民間機械製糸工場の創始者・山田脩の銅像は、霞ヶ城公園内・三ノ丸跡地(菊人形会場)に立っています。
山田は、明治6年に創立した二本松製糸会社に、小野組代理人の佐野利八や実兄の梅原親固らと共に参画。製糸会社の解散後、明治18年に個人経営としては日本初の機械製糸工場「双松館」を設立。その品質は評判を博し、数々の表彰を受けました。

また、岩代地域では、小浜や百目木に糸市が立ち、さらに大内羽二重工場が創設されるなど、繭として出荷するのみならず、織物業も盛んに行われました。

安達郡内では、双松館のほか安達製糸会社で機械製糸が行われていました。その安達製糸会社の解散に当たり、同社を買収した双松館は、一時、職工541人、生糸生産高7,084貫(約27トン)をほこる大会社へと成長しましたが、第一次世界大戦後の不況に加え、県外資本の進出もあり大正14年に解散しました。

その後、昭和2年には会陽製糸が操業を開始。そこから独立した会達製糸株式会社は、二本松駅近くで工場を操業。「会達シルク」の銘柄で名を馳(は)せ、地域の産業振興に大きく貢献しました。
しかし、平成に入ると、他の農産物と同じく海外産の安い生糸の輸入が増加。安達駅近くで操業していた安達製糸株式会社とともに、今は、操業を終了しています。

◆企画展「製糸業と二本松」
~近代二本松を支えた二本松製糸会社~
戊辰戦争後の二本松城跡地にあった製糸工場・二本松製糸会社をテーマにした企画展を開催します。
会期:12/16(土)~R6.2/25(日)
場所:二本松歴史館「第2展示室」(にほんまつ城報館1F)
入館料:無料(常設展は有料)

■養蚕のめぐみ 桑のめぐみ
養蚕が盛んだった二本松。市内東部にある東和地域も養蚕が特に盛んな地域のひとつでした。夫婦桜で有名な香野姫明神の由来といわれる香野姫も「蚕を飼う事、糸を繰(く)る事、機(はた)を織る技」を教えたと伝わっています。
その東和地域にも、養蚕業を営む方たちがいます。出荷した繭は、糸になり、京都で織物となっています。
この地域にある道の駅では、養蚕業の発展とともに広がった桑園から採れる「桑の葉」を使った商品が開発されています。廃校となった小学校の体育館を活用して造られた「くわ工場」で、桑茶など桑製品を製造しています。
良質な「桑の葉」は、地域の特産品として加工され、時にはスイーツ、時には健康食品として、日本各地の消費者の元へ届けられていきます。

◆道の駅「ふくしま東和」(二本松市太田)
桑商品を数多く開発。ソフトクリームは、季節を問わず人気。

▽「大収穫祭」開催!
農産物の品評会や“珍(ちん)”評会、ワークショップやキッチンカーも登場します!
日時:11/3(金・祝)、4(土)9:00~17:00

◆株式会社宮坂製糸所(長野県岡谷市)
安齋農園も繭を出荷している製糸所。岡谷蚕糸(さんし)博物館内に併設し、館内ミュージアムエリアで稼働しているため、実際に糸を紡いでいる様子を見学することができます。

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