■旧五十嵐家住宅(11)
展示の民具について(3)
灯火(とうか)(燭台(しょくだい)・行燈(あんどん)・提灯(ちょうちん))
一般の家庭に電気が点(とも)るようになるのは、『会津坂下町史第6巻近・現代』によると広瀬地区では明治二十三年(1890)五月から、束原では大正十四年(1925)と記載されています。水力発電の進展とともに地方の生活にも欠かせない明かりとなりましたが、会津坂下町全体に電気が点ってから、まだ百年ほどしか経っていません。
それ以前の生活では、明かりを得る材料は灯火油、蝋燭(ろうそく)、松根(しょうこん)などで、それぞれに灯す道具や場所や時代に違いがありました。
松根は脂を含むので燃えやすく松根燃やし(松燃やし)、シデバチ(ヒデバチ)という土や石で出来た台の上で燃やし、主に土間や台所で作業場を照らすのに使われました。燭台や行燈は松根、灯火油、蝋燭を灯す道具で、主に室内で使われました。ガンドウや提灯は蝋燭を明かりとする外で使う携帯用の照明具です。
これらの照明具は形状も様々ですが、家柄や職業などで形状や装飾に違いが見られます。
また、火口から灯火や焚き火に火を移す時に使う材料に松を薄く矧(は)いだ付け木があります。一端に硫黄が塗ってあり、正月のお祝いやいただき物の返礼などに「先を祝う(いおう=硫黄)」という意味で渡しました。最近ではこうした習慣もなくなり、知らない人が多くなりました。
問い合わせ:町史編さん室
【電話】83-3010
※中央公民館2階にて『会津坂下町史』を販売しています。(平日午前8時30分〜午後5時)
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