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市長の手控え帖

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福島県白河市

「時代の景色を切り取る名曲」

昨年はユーミンのデビュー50周年。当時は学生運動も収まり、政治の季節から私生活・個人の心情へと移っていた。世はフォークやニューミュージックの全盛期。吉田拓郎(よしだたくろう)の『旅の宿』や、かぐや姫の『神田川』がヒットしていた。そこに異質のミュージシャンが現れた。『ひこうき雲』や『中央フリーウェイ』。都会的なサウンドとメロディ。ビブラートをつけない無機質で不思議なボーカル。
彼女の曲は一幅の絵のよう。一瞬の情景を切り取り、聴き手に景色や心象風景を再現させる。「ソーダ水の中を貨物船がとおる…小さなアワも恋のように消えていく」。また湿り気がない。『ルージュの伝言』や『卒業写真』は、生活感漂う〝四畳半フォーク〞とは違っている。
曲には死を想う詞が多い。『ひこうき雲』はジブリ映画『風立ちぬ』の主題歌。一見牧歌的だがテーマは死。ちあきなおみの『喝采』は愛した人の死の哀しみを胸に、ステージに立つ心情が伝わる。ユーミンはそれを伝えるのでも、訴えるのでもない。メメントモリ!死を想い、今を真剣に生きる情熱が込められている。
フォークのバンバン。デビューから4年経ったがヒット曲がない。ばんばひろふみは最後の一曲に賭けた。頼ったのは荒井由実(あらいゆみ)。「詞も曲もパステルカラー。彼女の曲で売れなければ諦めもつく」。程なくして届けられた曲のタイトルに驚く。「『いちご白書』をもう一度」!いちご白書は、1970年に公開されたコロンビア大学の学生運動を描いた映画。
〝いちご〞は、大学敷地内への軍事関連施設の建設に反対する学生に「所詮(しょせん)苺(いちご)が好きか嫌いかという程度の議論だ」との学部長の発言に由来している。占拠した体育館の床を手で叩(たた)きながら、ジョン・レノンの『平和を我等に』を歌うシーンは胸に残る。強制排除された学生たちは無力感に打ちひしがれる。
哀調を帯びた曲にのる詞は心にしみる。「僕は無精ヒゲと髪をのばして学生集会へも時々出かけた…就職が決まって髪をきってきた時もう若くないさと君に言い訳したね…」。長髪は若者のささやかな反体制のシンボルだった。
斬新な表現で、日常の情景を写し出し、若者のいくらか屈折した心をすくいとる。人生のモラトリアムである学生時代との別れが印象的。全共闘世代が思い出の引き出しにしまい込むには、まだヒリヒリとした現実感が残る。この曲は、時代の雰囲気を見事なまでに表現している。
切なく、ほろ苦い青春の曲が深夜放送から流れると、洪水のようなリクエスト。1975年の売り上げトップになった。5、6年前。世界中で若者の反乱が起きた。大統領が退陣したパリの五月革命、米国のベトナム戦争反対、中国の文化大革命、日本の大学紛争。体制改革、反戦平和が海を越えて燃えあがった。
学費値上げ、旧態依然とした大学の管理体制への抗議から、政治運動へ転化していった。大方(おおかた)の学生も、大学を、社会を変えようと、自分を投げ打つ同世代の姿に、無関心ではいられなかった。渦の中心から離れていたが、集会やデモには参加した。だが活動が過激化し、暴徒化すると国民の目は厳しくなった。
学生も退(ひ)いた。そして現実を見つめた。イデオロギーでは生きていけない。通過儀礼を終えた若者は髪を切り就職活動へ。ヘルメットに手拭い姿の闘士は、背広姿の企業戦士に変身する。すぐに〝24時間戦えますか〞の猛烈社員になった。
だが、社会を変革する高揚感に酔った青年たちは、これでいいんだと、言い聞かせながらも心の奥で葛藤していた。この歌は挫折感を抱えた世代の鎮魂歌といえる。ユーミンは自分の歌が〝詠み人知らず〞として残って欲しいと言う。今日も永遠の普遍性を持つメロディと、時代を超えて心に響く言葉を求め続けている。

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