■大切なふるさとの復興を祈る
千葉県柏市在住 澤田石 学(内川湯ノ又出身・35歳)
先日、仕事終わりに父から「ふるさと五城目会から依頼があり、五城目町の広報誌に載せる記事を書いてほしい」という電話をもらいました。いきなりの依頼に驚くと同時に、「私が書く記事でいいのか?」と思いました。
私は、中学校卒業時までは、五城目町内川にある家で暮らしていたのですが、高校生の時には校舎近くの下宿に住まわせてもらい、大学は栃木県、そして今は千葉県で仕事をしています。35年間の人生の中で、五城目町で過ごしたのは15年しかないのです。そんな私が広報誌に載せる記事を書けるのか不安でした。しかし、記事のタイトルを聞いて、これなら書けそうだと思い、依頼を受けることにしました。
人生の半分以上は町外で暮らしていますが、私の故郷は五城目町内川であることに変わりはありません。たまに帰省した時に見る実家の裏の田んぼ、畑、山、川…そして小学校への通学路。家の前の坂道。20年前とほとんど変わらない風景を、帰省するたびに楽しんでいました。
しかし、昨年、そんな私の故郷を大雨が襲いました。それを最初に知ったのは父から送られて来た動画と写真です。内川川が氾濫し、家の目の前まで泥水が押し寄せて来ていました。家の裏の田んぼや畑は全て水に飲み込まれ、そこには何もなかったかのような光景が広がっていました。大きな衝撃を受け、すぐに父に電話をしたのを覚えています。その後、全国版のニュースでも、変わり果てた実家近くのアーチ橋を目にしました。
そして今年、またしても全国版のニュースで秋田県の大雨が放送されました。2年連続泥水に覆われた故郷を見ることになるなんて、誰が予想しましょうか。田んぼや町の様子を聞くたびに胸が痛みました。幸いにも両親や祖母に怪我はなく、電話などでやりとりできていたのは私にとって救いでした。
災害が2年も続き大変だったとは思いますが、先日、年長になる息子の運動会を見るために両親がこちらに来てくれました。成長した息子達の姿を見せることができ本当に良かったです。また、息子たちと戯れ、楽しむ両親の姿を見て安心しました。
今回、この記事を書く中で、私にとってのふるさとへの思い、そしていつも見守ってくれている両親への感謝を再確認することができました。これから先も、生まれ育った五城目町は私にとって大切な場所であることに変わりはありません。今度帰ったら、また実家から見える風景を見てひそかに楽しみたいと思います。
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