■女性による縁日東雲寺の閑居様
今回は、牛渡地区の房中(ぼうじゅう)にお住まいの市民学芸員、谷中和子(やなかかずこ)さんが、地元にかつて存在した寺院と「閑居様」について語ってくれました。
○閑居山東雲寺(かんきょさんとううんじ)と融春和尚(ゆうしゅんおしょう)
今からおよそ400年前の江戸時代、現在の房中公民館付近に閑居山東雲寺という真言宗寺院が存在していました。この寺院の山号「閑居」とは、融春和尚という僧侶が下軽部地区の長福寺から東雲寺に隠居(閑居)したことが由来と伝わっています。融春和尚は、難産で命を落とす女性をなくすために、筑波山に参籠(さんろう)し安産祈願をしたことから、女性からの信仰を集めてきました。いつしか融春和尚は「閑居様」として親しまれ、東雲寺の縁日も「閑居様」と呼ばれるようになりました。房中公民館の敷地内には、閑居堂や融春和尚の供養塔が遺されており、融春和尚の確かな足跡を今に伝えています。
○閑居様とは
融春和尚の命日とされる3月15日に行われ、男子禁制です。内容は飲食と歓談が中心で、安産祈願の護摩焚(ごまだ)きも行われます。そして最後には当番の引き渡しが行われます。この時、かつては順番に歌や踊りをする「順能舞(じんのうまえ)」が行われました。この歌が大変ユニークで、「惚れて通えば千里が一里、会わず帰れば一里が千里」や「私とあなたは御門のとびら、朝に別れて晩に会う」などの歌詞が含まれていました。「閑居様」に参加すると、「安産」「子宝に恵まれる」「婦人病にならない」などのご利益があるとされ、多くの女性たちが参加しました。しかし、現在では参加する方もわずか数組となってしまいました。担い手の不足が心配ですが、これまでずっと集落の女性たちを見守ってきてくださった閑居様に感謝し、この縁日をできるだけ伝えていきたいと考えています。どうぞ温かいご支援をお願いします。
問合せ:歴史博物館
【電話】029-896-0017
<この記事についてアンケートにご協力ください。>