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古河歴史見聞録

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茨城県古河市

■~歴史小説家・永井路子の集大成~『岩倉具視ー言葉の皮を剝きながら』
幕末・維新といえば誰を思い起こされますか? 西郷隆盛、坂本龍馬あるいは新撰組でしょうか。たしかに幕末維新期を描いた小説は、彼等(かれら)、いわゆる武士を主人公にしたものがほとんどです。
しかしながら、ここに、それまでの幕末維新史に対するイメージに一石を投じた作品があります。公家側から明治維新を眺め、聞き慣れた言葉の皮を剝(は)ぎ取って歴史の核心、真実に迫った作品。
古河市名誉市民の歴史小説家・永井路子先生の最後の長編『岩倉具視(ともみ)ー言葉の皮を剝(む)きながら』を紹介したいと思います。

◇構想四十余年、集大成
それまでの歴史小説が扱ってこなかった時代・人物にスポットを当て、綿密な史料調査と独自の歴史解釈で数多くの傑作を著し、大勢のファンを魅了してきた永井先生。そんな先生が、昭和40年の直木賞受賞直後から実に四十数年ものあいだ構想を温めつづけ、自らの集大成として上梓(じょうし)したのが『岩倉具視』です。
ページを繰(く)るとすぐ永井ワールド全開。単なる岩倉具視の評伝ではなく、岩倉というフィルターを通して、見事に明治維新の全貌を浮かび上がらせています。刊行直後から、各メディアで盛んに取り上げられ、第五十回毎日芸術賞を受賞しました。
これだけでも永井ファンには涙目ものですが、なによりも心を打たれるのは、最後の最後まで「小説家」の姿勢が貫かれていること。
アカデミズムをリードするほどの史眼を持ちながら決して学者然とすることなく、あくまで小説家として言葉を介して歴史と向き合う……。サブタイトルの「言葉の皮を剝きながら」に込められたその思いが、作中のあちこちからひしひしと伝わってくるのです。

◇執筆の足取りをたどる
ところで、現在、古河文学館ではテーマ展「『岩倉具視』~永井路子の描く幕末維新史~」を開催中(8月20日まで)ですが、その中にちょっと面白い資料があります。『岩倉』の草稿(下書き)に、原稿用紙の右側と左側で違った章を書き進めているような箇所があるのです。思いついた文章の流れを忘れないためだったのでしょうか。ご本人に確認しましたが「はっきりとは覚えていないけど、たぶん、推測の通りでしょう」とおっしゃっていました。執筆過程において先生がどのような思考をたどったか、そんなことを垣間見ることができる大変興味深い資料といえます。

◇忘れ得ぬ光景
『岩倉具視』といえば、もう一つ思い出があります。毎日芸術賞の贈賞式にご招待いただいたのですが、式の最後、メディア向けの記念撮影の時でした。ちゃっかり撮影させてもらおうと、カメラマン列の端に目立たぬように陣取った小生を、先生は目敏(めざと)く見つけられました。そして他の受賞者がメディアの方を向く中、ちょっといたずらを思いついたように、こちらに視線を向けてにっこりとうなずかれたのです。本当にチャーミングで優しい方でした……。

古河文学館学芸員 秋澤正之

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