■墓石がきれいに磨かれるという、ありがたいけど不思議な話
~「石塔磨き」の話~
◇盆の前にはハカナギを
ムラ境で大きな数珠を回すナンマイダンボを見に五部へ行ったのは、14年前の7月。盆を前にして、五部の人々はハカナギの日程を申し合わせていた。盆に先祖の霊を迎えるために、祀(まつ)り手であるそれぞれの家では、ハカナギといって墓掃除をするのである。
そんな墓掃除も最近では、遠隔地に住んでいる人のために、掃除のみならず墓参りまでも業務に加えている代行サービスがあると聞く。
◇疲れないの? 石塔磨き
ところで10年ほど前になるが、全国の妖怪を都道府県ごとにまとめる事典の刊行に当たり、茨城県と栃木県を担当することになった。古河周辺で何かないものかと、江戸の随筆を読みあさっていたら、平戸藩主の松浦静山(まつらせいざん)が書いた『甲子夜話(かっしやわ) 続編』の「石塔磨き」に目がとまった。
しばしば江戸時代の随筆に登場する石塔磨き。正体が何者か分からないが、一晩に大量の墓石(はかいし)が磨かれる怪異現象のことである。松浦静山が書き留めたのは、文政13年というので、今から200年近く前のこと。下館の寺院で何者かによって、たくさんの石塔が磨かれたのだという。ガリガリと音を立てるのだが、姿は見えない。足跡もない。あまりに話題になったものだから、磨かれた石塔見物のために群衆が押しかけたという。それにしても、一度に数百基もの石塔が磨かれるというのだから、不思議な話である。
◇古河発祥という説も
松浦静山に語って聞かせたという儒学者の朝川善庵(あさかわぜんあん)によれば、墓石が磨かれ、文字に朱を入れる所には新たに差し、金を入れる所にはクチナシを差して黄色に染めてあり、これが一夜にして200基に及んだという。領主たちは、その原因となる妖物(ようぶつ)を捕らえるために、多数の家来を出して墓地をうかがうのであるが、音はすれども、やはり姿は見えない。この石塔磨きは、古河に始まったものと古河発祥を説いている。
その3年前にも、各地でこのような騒動があったのだが、その時も正体不明のまま。なんらかの不安から、願いが込められたものとも解釈されている。
◇墓石を磨くこと
そういえば市内の古老から、昔は、ある寺跡にある墓のコケを煎じて飲むと、風邪をひかないと聞かされたことがある。それがホントかどうかは別として、墓石からコケを取ること、すなわち磨くことが、そこにやどっている霊力を、より多く授かる効果につながると考えられていたのかもしれません。
そちこちでそんな話を聞くたびに、墓場巡りをしています。もし、アタクシなんぞとばったり出会ったとしても、決して石塔磨きと間違わないでください。だいたい、そんなにたくさん磨くほどの根性はありませんし。
古河歴史博物館学芸員 立石尚之
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