元和(げんな)8年(1622)に5万石の大名として棚倉藩主となった丹羽長重(にわながしげ)が、寛永(かんえい)2年(1625)に築城しました。常陸(茨城県)と境を接し、奥羽の玄関口に位置する要衝(ようしょう)の地を押える役割があったと考えられています。長重は寛永4年(1627)白河へ移封となり、代わって棚倉藩主となった内藤信照(ないとうのぶてる)によって、引き続き城の造営や城下の整備が行われました。その後、城主は8家、16代徳川譜代・親藩の家柄が入れ替わり、幕末の戊辰戦争(ぼしんせんそう)では新政府軍と戦い落城しました。巨大な土塁と水堀で区画される長方形の本丸と、それを取り巻く二ノ丸、その北西の三ノ丸〔林曲輪(はやしぐるわ)〕からなる構造です。二ノ丸西側崖部(がけぶ)には石垣が築かれています。本丸土塁上には二重隅櫓(すみやぐら)4棟、一重櫓1棟が建てられ、各櫓間を連結する多門櫓(たもんやぐら)は東北地方の城郭では随一の規模でした。平成31年(2019)に、国の史跡に指定されました。
《2025年棚倉城築城400年記念イベント》
■『たなぐら“まるごと”フェスタ』開催決定!
開催月日:令和6年10月20日(日)
開催場所:棚倉城跡内
※詳細は追って発表します。
棚倉町までのアクセスは、本紙またはPDF版をご覧ください。
お問い合わせ:棚倉町役場地域創生課歴史観光係
【電話】0247-33-2112
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