文字サイズ
自治体の皆さまへ

文化なかの「公民館報」No.227 ~ふるさとの歴史

38/46

長野県中野市 クリエイティブ・コモンズ

■江戸時代、中野市域に設けられた天領陣屋(2)
―地域の歴史的特徴が実感できる西条陣屋―

江戸時代、天領(幕府領)となった中野市域には、天領を治める陣屋(じんや)(代官所)が中野・金井・西条・新野に設けられた。西条陣屋は、1624(寛永元)年に中野地方の旧福島領が天領となった際、金井陣屋とともに設置された。
西条陣屋の旧跡は現在も残っている。その場所は西条(字東屋敷)822番地の1の関口氏屋敷である。入口には「西条陣屋旧跡」の標柱が建てられ、説明板も設置されている。
陣屋は、谷街道(たにかいどう)が大きく鉤かぎの手になった場所に入口を置き、街道を押さえる位置にあった。谷街道が地域の中心的な交通路であったため、街道を押さえることで、地域全体の統制がなされていたと考えられる。
陣屋の敷地は道で囲まれ、東西約33間、南北約36間。敷地内から湧出ていた清水は村中を流れ、旅屋堰(たやせぎ)と呼ばれていた。現在の長屋門は、陣屋の裏門を移したものと伝えられている。
これらは、歴史的な地域の特徴を実感できる貴重な遺構と言える。
1681(天和元)年に西条陣屋が廃止された後、その跡地と家屋は手代(てだい)(代官所の地方(じかた)役人)であった関口佐左衛門によって落札され、今日に至っている。

寺島正友「高井」常任委員

<この記事についてアンケートにご協力ください。>

〒107-0052 東京都港区赤坂2丁目9番11号 オリックス赤坂2丁目ビル

市区町村の広報紙をネットやスマホで マイ広報紙

MENU