■交響曲第6番「田園」
中学生の頃、担任だった美術の先生が、「自分の好きな音楽を絵に描いてください」と言われました。夕焼け小焼けを絵にするのか?どんぐりころころをイメージするのか?まず自分の好きな音楽がわからない。ましてや音を絵にするなど皆目見当がつかないまま周囲を見回していると、近くの女の子が楽しそうに画用紙に絵具を塗っていました。タイトルは「ユモレスク」、聞くとドボルザーク作曲のピアノ曲のようでした。青空にいくつもの風船が踊るように舞い上がっている明るい絵でした。初めて聞いた作曲家名と曲名、色とりどりの風船の絵との融合は、中学生の私にとって驚きの世界でした。
音楽は人それぞれの記憶と結びつく引き出しをいくつも持っています。悲しいときに聞く曲が、一層さらに悲しみの深みに誘うときに似合うバッハの無伴奏チェロ組曲は、深淵から一条の光を導いてくれる気がします。ヨハンシュトラウス2世のワルツは、明るい気持ちをなお高揚させてくれます。オランダの音楽家アンドレ・リュウ率いる壮大なオーケストラが奏でるワルツは、一度は現地で聴きたい憧れの演奏です。梅雨時のジメジメした季節にも、雨が好きになるような曲もあります。ショパンの「雨だれ」です。静かなピアノ曲で、ショパンの傑作「幻想ポロネーズ」とならんで私の好きな曲です。
中学生の頃衝撃を受けた「ユモレスク」は、その後の私にクラシック音楽を聴く機会を与えてくれました。モーツァルト・ベートーベン・チャイコフスキー・ブラームス・ビバルディ・シベリウスなど今でも聴いています。なかでもベートーベンの交響曲第6番「田園」は、大のお気に入りで、静かに生命の律動を感じさせるかのようなメロディは、生涯をともにする曲と思っています。
初夏、我が家のベランダから見渡す青々と育った稲と、どこまでも続く田んぼ。遠くからサワサワと波を立てながら渡りくる風に、ベートーベンの田園交響曲が聴こえてくるようです。目を細め鼻腔を広げ、青々とした田んぼの風景を見続けている。交響曲を聴きながらいつまでも風に吹かれていたい幸せな時間です。
伊那市長 白鳥考
<この記事についてアンケートにご協力ください。>