■バイクに乗っていた頃
社会人になってまもなく、友人から借りて乗ったバイクに、一瞬にして虜になりました。バイクの名前はホンダ「イーハトーブTL125S」。「イーハトーブ」とは、岩手県花巻出身の詩人であり、童話作家の宮沢賢治が、ふるさと岩手を理想郷として指した心象的な言葉(造語)です。友人はこのバイクに乗って、全国から岩手に集まるイーハトーブの大会に行くのだと話してくれました。125ccの小さなバイクが全国から集まる大会、どんな人たちが集まり、どんな語らいをするのだろうと夢が広がりました。このバイクに刺激されて、ほどなくスズキ「ハスラーTS250」の中古バイクを購入しました。ハスラーTS250は小さな燃料タンクがスマートで、ヘッドライトは丸く薄型、全体的に「シュッ」としたスタイルです。エンジンは空冷単気筒2ストロークなので、エンジン音は「タンタンタン」と乾いた快適な音を奏でます。
バイクには大きく分けて、オンロードバイクとオフロードバイクがあります。オンロードバイクは舗装道路を走り、オフロードは未舗装の林道などを走るように設計されています。ハスラーは、オフロードバイクで、購入してからは会社へ出勤するときも、山奥のイワナ釣りに出かけるときも、林道を走るときも、雨降りと冬以外は、暫くバイクと一緒の生活が続きました。
バイクの魅力はやはり風と匂いと自由さでしょうか。自宅から山道を走り、下林道を抜け経ヶ岳林道まで一気に駆け上がると、軽トラでも難渋する道でもオフロードバイクは軽快に走ります。春先のぬかるんだ道も、路肩の半分欠けたような林道でも難なく走ることができます。
春の雨上がりの、冬が終わって農作業が始まる頃のワクワクした空気のなか。しっとりとした涼味に包まれた朝露の山道、真夏の緑色のなかを走る草いきれの匂い。リュウノウギクの清楚な姿にバイクを止め、イワシ雲の秋空と、キャラメルのように甘い香りのカツラのなかをひとりで走る幸せ。晩秋、権兵衛峠の頂きにハスラー250を止めて眺める伊那谷の開豁な景色。どれもこれも自由放胆な自分になれるバイクとの記憶です。
伊那市長 白鳥考
<この記事についてアンケートにご協力ください。>