『オブシディアン(obsidian)』とは、英語で黒耀石という意味。黒耀石の代表的な原産地は、我が町の和田峠・星糞峠(ほしくそとうげ)をはじめとした霧ヶ峰・八ヶ岳一帯に密集しています。
■令和6年度 長和町青少年海外派遣交流事業 『長和青少年黒耀石大使』
◇シーボルト調査の報告と御礼
7月28日から8月5日にかけて、長和青少年黒耀石大使9名がオランダ経由でイギリスに渡航しました。
今回は、コロナ禍による渡航年次の調整があったため、昨年の3期生・4期生に引き続き、第5期生を中心に、2年連続の訪英となりました。また、およそ二百年前の江戸時代に、西洋医学を日本に広めたことで有名なシーボルトが、日本からオランダに持ち帰った黒耀石のコレクションの調査結果報告と御礼を兼ねて、お世話になったライデン市のナチュラリス生物多様性センター訪問を経てイギリスに向かいました。
昨年度、東芝国際交流財団の研究助成金を得て実施したシーボルトコレクションの調査結果は、日本語と英語のパンフレットとして刊行しました。大使達は、御礼の言葉と共に、お世話になった研究者にそのパンフレットを手渡しでお届けしました。
パンフレットは、黒耀石体験ミュージアムでお配りしています。部数に限りがありますが、関心のある方は、ぜひ、ご利用ください。
◇セットフォード 町をあげての交流
イギリスでは、交流先のセットフォードを拠点として、英国の実行委員会と博物館が準備して下さったメニューに沿って、黒耀石大使とイギリスのティーンエイジヒストリークラブの子ども達が5日間にわたって活動を共にしました。
・訪英1日目
イギリスの初日は、双子遺跡の協定を結んだ英国のフリント鉱山グライムズグレイブス遺跡を訪問し、ここからティーンエイジヒストリークラブとの交流が始まりました。昨年は整備中だった新しい展示館が完成し、そこから降りる採掘坑(さいくつこう)の壁には、「星くそ館」と同様、採掘の様子などを再現したプロジェクションマッピングが投影(とうえい)され、とても幻想的でした。
・訪英2日目
交流の窓口となっているセインズベリー日本藝術(げいじゅつ)研究所があるノリッジ市へ向かいました。ノリッジの人口はおよそ20万人。博物館や教会、中世のお城をはじめとする伝統建造物、大学研究機関も多いイギリス東部を代表する大きな都市です。ノリッジ城の中の博物館では、ヒストリークラブと一緒に小さなグループをつくって見学しました。最初は緊張気味でしたが、説明を受けたり、感想を求められたりと、時間と共に少しづつ会話と笑顔が増えていきました。
・訪英3日目
大使達にとっては初めて目にする北海を望むクローマー海岸へ、今回は、電車に乗って出かけました。この日のランチは、伝統的なフィッシュ・アンド・チップス。砂浜に面した護岸(ごがん)の上で、パッケージに詰められた白身魚のタラとポテトのフライを頂きました。円安の影響もあって、テイクアウトの食事が続きましたが、海で頂くランチはちょっと一味違ったようで、ボリュームのあるランチボックスもあっという間に空っぽに。
すっかり打ち解(と)けた子ども達は、帰りの電車を待つ間、駅前のスーパーで、ヒストリークラブにお土産(みやげ)の相談に乗ってもらいながらショッピングを楽しみました。
・訪英4日目
今回の訪英の大きなテーマの一つである、笠取峠(かさとりとうげ)の茶屋(ちゃや)と浅間山(あさまやま)が写る中山道の最古の写真を、ケンブリッジ大学図書館で見せて頂きました。(詳細は次ページ)
・訪英5日目
最終日のこの日は、セットフォードの町をあげて開催されたアートと歴史のイベント”in Thetford Festival”のメインゲストとして活躍しました。
一般市民を対象として行った英語での石器づくりは、ヒストリークラブの仲間とペアになって指導員を務めました。根気よくていねいに説明する大使達に、笑顔でお礼を述べる参加者の姿が印象的でした。
体験ワークショップの会場は、商店街の空(あ)き店舗(てんぽ)をお借りし、町中でイベントを盛り上げる様々な企画が用意されていました。大使達とヒストリークラブは二つのグループに分かれて探検しながら、交替で石器づくりの指導に当たりました。
そして、練習を重ねてきたプレゼンテーションの舞台は、まさかの屋外!何と、朝練をしていた公園に野外ステージが登場したのです。終了後は、セットフォードの町長から、一人一人に芸術活動のフェスティバルで活躍したことを証明する認定証(にんていしょう)が授与されました。
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