【episode.1】
この道が自分のもののように思えて
濵田 蘭子(らんこ)さん
※「蘭子さん」の「蘭」は環境依存文字のため、置き換えています。正式表記は本紙をご覧ください。
「おはようございます」
午前6時30分、今日は快晴。
国道279号線二枚橋バイパスの近くに住む濵田さん。今日もゴミを拾いながら、元気に木野部(きのっぷ)峠に向け歩を進める。
「別にたいしたことはしてないと思っているんですが…」
きっかけは、「二枚橋バイパスが開通されたから、この道が自分のもののように思っていて」と柔和な目元で答える。「しかも、立派な道路じゃない。ゴミで汚いのは恥ずかしいし」
午前7時00分、通勤の車がよく通る。
たばこの吸い殻、食べ終わった弁当のプラスティック容器や酒類の空き缶など多種多様なゴミをもれなく拾い、小気味よくそれを手持ちの袋に入れる。もちろん中身はどんどん増えていく。
「コロナがとても流行していた時はマスクを捨てる人が多かったなあ。あと、変わった、風変りなゴミと言えばライターとか。道路の縁石によくゴミが落ちてるのよ」と対岸の縁石にゴミが落ちているのを見つけては、小走りで向かう。
天候にもよるが、一週間に2、3回のペースで、春、夏、そして秋にこの活動を続ける。「今年の夏は暑すぎてね、あまり出来なかったの。最近はようやく暑さも落ち着いてきたから、再開したのよ」
―間があいたら、ごみはやはり多かったですか―
「多かったね。朝と昼でもゴミの量も変わるくらいだもん。昨日、散歩してゴミを拾ったとしても、一晩で増えることも多々あります。ほんとに多いんです」
ふと濵田さんが立ち止まり、山の斜面に視線を落とす。
「ここのゴミが一番多くて、気になるのよ」
そこは、ハーモニー橋の橋脚元が見えるところ。普段、車で通る分には分からないが大量のゴミがあった。
「急斜面だから、独りでは取りに行けないんだけど…」と少し悲しみを滲ませるように話していた。
午前7時40分、燃えるゴミ袋がいっぱいになる。木野部峠に入るところ。道路にはゆるやかな傾斜がかかり、曲がりが出てきた。
この活動をする日の主なスケジュールを伺った。
朝4時に起床、漁師をしている夫が6時に漁へ出るため、朝ご飯を準備し、6時30分、遅くても7時には散歩に出発する。8時30分までにはゴミの収集に間に合うよう自宅へ帰る。ゴミがいっぱいになると、夫の都合がよければ回収に来てくれるとのこと。なんとも仲睦まじい夫婦である。今日も燃えるゴミ袋、空き缶のゴミ袋はいっぱいになったので、きっと回収にきてくれるだろう。
本格的に峠に入る。通勤時間ということもあり、交通量も多い。そして、木々が我々の視界から消えることはなく静かに続く。
―峠に入りましたが、怖い思いをした経験はないですか―
「サルの群れにあったときかな。すごく威嚇されたの。通りすがりの車にクラクションで追い払ってもらって助けられたけど、すごく怖かった思い出」
確かに野生動物には出会いそうではあるし、道路横の急斜面を覗き込むと、そのエピソードの怖さが余計に増す。
午前8時になりそうなころ、木野部峠途中、ドライブインのあった北見台に着く。濵田さんが言った。
「もう少し下ってみてもいいですか。今日はそこまで行きたいです。普段は峠を降りたところまで行くけど、今日はそこまで。行けなかったところは次の日にその地点からスタートするから」
笑顔で話す姿はとてもエネルギッシュだった。そんな姿を見て質問をしてみたくなった。
―濵田さんのこの活動を支える秘訣は何ですか―
それに対して、間髪をいれずに答えてくれた。
「動くこと。木野部峠を歩くことなんて少ないし、楽しいじゃない。あと、やっぱり、この道が綺麗になるから」
マスク姿、背中越しではあったが、とても笑顔で答えてくれたんだろうと声のトーンで感じた。
午前8時過ぎ、濵田さんのご自宅に向かう。今日はここまで。太陽はどんどん上に昇り、いつしか汗ばむくらいの暑さもある。帰路であってもゴミを拾い、3袋目のゴミ袋に入れながら、歩く。
―いつまでこの活動を続けていきたいですか―
「身体が「動」くまで続けたいね」と濵田さん。続けて、「ある夫婦の方が、ゴミ袋を持って散歩しているって聞いたの」
―この活動が拡がっていけばいいですね―
その時、転調した声から喜んでいるようにも見えた。
「冬は近くの歩道の雪投げね、峠までは行かないけど。道路端から飛んでくる雪って汚いじゃない」と、春夏秋冬、この道を綺麗にしたい思いを忘れず動き続ける。
無事に到着した濵田さんはこのあと3袋分のゴミを分別して、ゴミ収集車に預ける。
「今日はお疲れ様でした。大丈夫でした?」と優しい気遣い。この暖かい優しさが道路や二枚橋地区周辺の環境をいたわることに通じているのかもしれない。
今日もまた、元気に動いて、道路を歩いているのだろう。
「本当にありがとうございます」
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