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〔特集〕祝・創立150周年 小湊小学校のあゆみ(2)

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青森県平内町

■わたしと小湊小学校
◇低学年の思い出/小湊小学校6年1組 飯田 勝己くん
6年間を振り返ってみると、数々の思い出がありますが、低学年の頃のことが印象に残っています。
1年生に入学したばかりの僕は、何もかも不安なことばかりでした。勉強ができるようになるだろうか、友達と仲良くなれるだろうかなど、いろいろなことが不安でした。
初めての席替えの日、勇気を出して前の席に座っている友達に話しかけると、その友達が変な顔をして笑わせてくれました。お互い変な顔をし合って、笑い合ったのを覚えています。
それからは、小湊小学校の学校生活が毎日楽しくなりました。

◇最高の学習発表会/小湊小学校6年2組 植村 美怜さん
最後の学習発表会。せりふやダンスの練習をする中で仲間と意見が合わず、険悪な雰囲気になり胸が苦しくなった。しかし、最高の演技をしようと仲間と話し合い、諦めずに練習を続けた。
迎えた本番。仲間と共に立ったステージは、スポットライトで照らされ、緊張とわくわくで心臓の音が一気に激しくなった。仲間との練習を思い出しながらの、心を込めた演技ができた。
客席で涙をぬぐう人が目に入り、お客さんの心に響いたと感じた。あっという間の練習の日々。
仲間と過ごした時間。中学生になってもこの日々を忘れない。

◇あれから50年/昭和47年度卒業生 津嶋 正人さん
当時は今の青少年ホームの場所に古い木造で2階建ての校舎。中庭にあったイチョウの木や、校庭の桜、通学で使った小湊駅前のコンクリートの階段は今も残っています。十勝沖地震で倒れた二宮金次郎さんはその後撤去され残念です。
あの頃は一学年3クラス、全校で約600人。あだ名で呼び合うのはあたりまえ、先生のゲンコツあたりまえ、みんな歩いて通学があたりまえ、車で送迎なんてとんでもない。というか車がない。
強烈な歓声が響き渡る一日が今も心に残ります。あれから50年、時代は変わりましたが、子どもたちの健やかな成長を変わりなく楽しみにしています。

◇平和で楽しい日々/昭和10年度卒業生 能登谷 憲一さん
私たちの時代は尋常小学校だった。なので、小湊小学校には高等科3年まで通った。
中でも忘れられないのは、3平内(小湊、東平内、西平内)の小学校対抗の運動会。
選手になると、ランニングシャツと運動たびが配給されて、とても誇らしい気持ちになった。
各村から総出で応援にやってきて、その熱気は恐ろしいほどだった。学校ごとの応援歌も面白かった。なぜかいつも浅所小学校と藤沢小学校が強くて、私たちは赤シャツに負けるな!と一生懸命練習した(小湊小学校は青いランニングだった)。
当時は平内出身の先生はほとんどいなかったので、先生の下宿先に遊びに行ったりもした。よく叱られてはいたけど、みんな仲が良かった。
今思うと、戦争もなくて、本当に平和でただ楽しい時代だった。

■「創立150周年を祝う会」
11月16日(木)、小湊小学校(木立啓司校長)において、全校児童、教職員、来賓など関係者約280人が出席し、「創立150周年を祝う会」を執り行いました。
式典で木立校長は、同校の歴史を振り返り、「小湊小学校ができたころは江戸時代から明治時代へと世の中が大きく変わったときでした。皆さんの先輩方はさまざまな変化を受け止め、その時にできることを最大限に行いながら、日々の歩みを進めてきました。令和時代の皆さんも受け身にならず、進んで変化と向き合い、仲間とともに課題を乗り越えていってほしい」と呼びかけました。
また、6年生の児童による“銀河鉄道999”を模した発表では、時空を超えて旅をし、平内町名誉町民である津軽三味線名人位「初代 高橋竹山」や国際的生物学者「畑井新喜司」に出会う物語を披露しました。
プロジェクターで古今の映像を写し出しながら平内町を紹介するコーナーでは、出席者の笑いや涙を誘い、「歴史と伝統を引き継ぎ、新しい歴史へつなげていきます」と力強く誓いました。
鉄郎役の藤田那菜星(ななせ)くんは「発表してみて、小湊小学校のことがよく分かりました。これまで、主人公をやったことがなくて、心配だったけど、本番は上手くできました。やってみて良かった。いい思い出になりました」と話しました。
同校は令和4年度までに10,261人の卒業生を送り出しています。

■小湊小創立150周年スローガン「輝く150年 未来に向かって はばたけ小湊小」
小湊小学校校長 木立 啓司
創立150年目を迎えた本校は、卒業生10,000人以上の有為な人材を送り出した伝統のある小学校です。明治6年に平内代官所を校舎とし、生徒数70名で創立開校し、現在まで統合などの変遷を経て、創立150周年の輝かしい年を迎えることとなりました。
令和5年10月1日現在、児童数239人となっております。
「雷電宮の五百枝杉」で始まる校歌の1番は「祖先の遺業 今まのあたり 昔をしのび いそしむ吾等」と結ばれます。今こうして、日々教育活動を進められるのは、多くの方々が熱い思いを持ち、子供たちのために日々考え、温かい目で見守り、手を携えながら本気で取組を進めてこられた成果であると思います。節目にあたり、これまでの功績に感謝し、未来に向かってさらなる飛躍を目指し、努力していく決意を新たにしております。
結びに、地域の方々、PTAの皆さま、本校に関わるすべての皆さまに今後も変わらぬご支援を賜りますようお願い申し上げます。

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