華やかな衣装に化粧、歌と舞と演技で観客を魅了する歌舞伎。下北には様々な郷土芸能が守り継がれていますが、今回は全国でも珍しい漁村歌舞伎である佐井村の「福浦の歌舞伎」を取材しました。
◆福浦の歌舞伎とは
明治時代、上方からやってきた中村菊五郎、菊松夫妻が佐井村矢越地区の漁師たちに歌舞伎を伝えたことがきっかけで、その後福浦地区の漁師たちにも伝えられました。2年の月日をかけて伝授されたという福浦の歌舞伎。戦争や出稼ぎで一時は途絶えそうになるも、伝統を絶やさないため「福浦芸能保存会」が発足され、大切に受け継がれてきました。福浦の歌舞伎は県無形民俗文化財に指定されています。
今では台本がありますが、当時は口伝えで受け継いできたといいます。また、台本では標準語でも台詞回しは訛りが入る複雑さと、演出の楽器としてガンガン(一斗缶)を使用するという面白い特徴もあります。全国的には農村歌舞伎が一般的ですが、福浦地区は漁師が演じる漁村歌舞伎。福浦芸能保存会の会長である田中均さんはこの漁村歌舞伎が特に珍しいものとは思っていなかったそうです。
「たまたま漁業を営んでいる地域で、娯楽がなかった時代ということもあり、地域に根付いた。以前は結婚式やお祭り、新任の先生の歓迎会など様々な場面で歌舞伎が上演されていて、学校を卒業した男子はみんな保存会に入らなければならなかったし、地域として歌舞伎をやることは“当たり前”だと思っていた。」
その地域にとっては当たり前のことでも、他の地域から見れば珍しいものとなり、そういった発見や気づきは地域の魅力、そして地域の誇りへとつながります。
◆心境の変化
地域の「当たり前」であった歌舞伎ですが、田中さんは歌舞伎をやり始めた頃と現在とで心境の変化があったそうです。
「歌舞伎を始めた当時は嫌で嫌で、10年くらい離れたこともあったけれど、せっかく伝わったものだから守っていかなければなと思い始めた。歌舞伎をやればやっぱり気持ちが良いというのがわかってきて、よし、やろう!という気持ちになった。」
◆伝統を継承すること
伝統を受け継ぐことの前に立ちはだかるのは担い手の減少です。現在は人数が少ないことで演じられなくなった演目もあるそうです。そうした中、最近では他地域の芸能保存会との交流や、公募による地域外からの参加者などもあり、なんと北海道や神奈川県の方も演者として参加しているそうです。
「本当のところを言えば、現状はとても大変で厳しい。けれどそういった交流を通して新しい人が入ることで、毎回同じ内容ではなく、その時々の面白みがある。」
歌舞伎の上演中、地域の方の「頑張せよ」という声援や、演者同士でのアドリブなど、会場が笑いに包まれる場面もあり、一気に一体感が増します。
「せっかく伝わってきて地域に根付いたものだから、大切にしたい。一緒にやってくれる人がいるから、伝統がずっと受け継がれていく。」
伝統を途絶えさせないために、新しいことを取り入れながら、毎回違った魅せ方をする福浦の歌舞伎。地域に春を告げるこの公演から今後も目が離せませんね。
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