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市長独言No. 88…天囚と横綱西ノ海

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鹿児島県西之表市

鉄砲館で西村天囚没後一〇〇年記念の企画展が開かれています。天囚に関する資料を所蔵する大阪大学と鉄砲館、さらに市内在住の西村家の協力も得て企画されました。
天囚は本名時彦(ときつね)、慶応元(1865)年に今の鉄砲館の敷地で生まれ、大正13(1924)年に60歳で亡くなりました。早くに父親を亡くした天囚は、儒者前田豊山に学んだ後、東京大学古典講習科に入学。22歳で社会風刺小説「屑屋の籠(くずやのかご)」を出版して文名を上げ、大阪朝日新聞社に入りました。コラム「天声人語」は天囚の命名とされます。44歳の時には特派員として世界一周旅行に参加しています。大阪で漢学塾「懐徳堂」の復興に努め、同塾の教壇に立ちました。宮内省御用掛に任命されて東京に移住、皇室関係の詔書の起草を務めます。蔵書は懐徳堂を経て大阪大学に寄贈され「硯園記念文庫」として収められています。
展示会場に横綱西ノ海を天囚夫妻らが囲む写真があります。西ノ海は下西出身。本名牧瀬休八。紋付き羽織姿の堂々たる姿を誇るように、同郷の軍人、河内冷蔵らが並んでいます。また、九段相撲場(靖国神社)での引退記念相撲の土俵入りの写真も紹介しています。
8月31日には市民会館で記念シンポジウムがあり、「漢学者西村天囚と横綱西ノ海二人をつないだ『孝』の思い」と題して、湯浅邦弘・大阪大学名誉教授が講演、「西村天囚を語ろう次の一〇〇年のために」をテーマにしたパネルディスカッションも開かれます。同展は9月15日まで。
現和庄司浦出身の島津海関の所属する放駒部屋の合宿が6月に種子島で実施され、今後の活躍が期待されるところです。大先輩の横綱西ノ海の記憶とともに、島津海への応援を盛り上げたいと思います。

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