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初午祭を支える、つなげる

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鹿児島県霧島市

初午祭の主役と言っても過言ではない馬、そして馬を彩る装飾の中でもひときわ目立つ初鼓(はつつづみ)。初午祭を支える思い、つなげようとする思いを紹介します。

■隼人町にある工房みやじは、鹿児島神宮に納める玩具を手掛ける製作所です。その中でも初午祭に欠かせないのが、ポンパチとも呼ばれる初鼓。初午祭に向け、今年も家族総出で初鼓を作ります。

《一つ一つに願いを込めて》
「小学生の頃から手伝い始め、いつの間にか70年がたちます。寒いときは火鉢で暖を取りながら作ったりして。変わらずそばにある初鼓。作るのは今も変わらず楽しい」と話す工房みやじの花見ユリ子さん(77)は、初鼓をうれしそうに鳴らします。
工房みやじが作る玩具は、伝説や信仰と結びついた信仰玩具。地域ならではの郷土玩具であるとともに、縁起を担ぐ物でもあります。
初鼓に使われる赤は健康、黄色は五穀豊穣の願い、緑は神宮の森を表し、ポンポンと軽やかな音を出す豆は、その音で悪いものを追い払うといわれています。描かれるのは、表に鳥居、裏は馬。親馬は白色、子馬は赤色で描かれます。この赤は魔よけの意味合いがあり、子どもの健やかな成長を願う思いが込められています。
花見さんと共に製作作業にいそしむ、娘の森山かおりさんは「初鼓は縁起物なので、手に取った人に幸せが訪れますようにと願いを込めながら作っています。手作業で作るので、形や絵が少しずつ異なり、同じ物は一つとしてありません。長く愛されるようにと変化を加えているものもあるので、ぜひ好みの物を探してみてくださいね」と笑顔で話します。

《馬と共に》
馬を育てて60年余りになるという菊野久美(ひさみ)さん(74)と、おいの清海(きようみ)さん(66)は今日も穏やかに馬の世話をしています。2頭の馬と1頭のポニーを飼っており、今年の初午祭にも全頭参加予定。久美さんは「昔は家で馬を飼うことは珍しくなくて、おやじも馬を連れて畑に行ってたよ。白馬が特に好きで自慢しててね。今でいうスポーツカーみたいなもんだろうな」と笑います。
現在、市内で祭りのために馬の飼育をするのは菊野さん宅を含め5軒のみ。清海さんは「うちは餌になるわらがあるからいいけど、ない所は大変だろうね。他の飼料も高くなったし、コロナで祭りがなかったときは、もうやめようかとも考えたよ」と胸の内を明かします。
「世話をするときはたくさん話しかけるようにしてる。こっちの言っていることが分かるんだろうね。暴れ馬だと聞いていた馬も、今じゃ名前を呼べば来るようになった。そんな馬がうまく踊れて、みんなが喜んでくれることがうれしい」と話す久美さんと清海さん。2人の馬への愛情は尽きることがありません。

《新たな風を加えて》
2人の下には、初午祭に向けて高校生らが手伝いに訪れています。その旗振り役となっているのはオンラインコミュニティ・舞空(まいそら)キャンパス。地域活性化を実践形式で学ぶ舞空キャンパスは、昨年の初午祭で「初午フェス」と称したイベントを開催。SNSで奉納馬の練習風景を伝えたり、祭り当日にデジタルスタンプラリーを行ったりと、3年ぶりの通常開催となった祭りを新たな手法で盛り上げました。その広報担当として活躍するのが鹿児島大学2年の小川智大さん(20)です。「人が減り、馬も減って祭りの存続が危ういと聞きました。人を呼び込むために自分たちにできることは何だろうと考え、デジタルという手法を選択。SNSを見て来たよという人もいて、手応えを感じました」
今年の初午祭に向けても、昨年の祭り後すぐに始動。SNSのアカウントを立ち上げ、市の観光情報などと併せて祭りの情報を発信したり、馬主の下に地元高校生ボランティアを集め、ふるさとの祭りに裏方として関わる機会を設けたりと、初午祭に関わる交流人口を増やす活動を続けています。「今年は隼人駅前に初午祭をモチーフにしたイルミネーションを飾る予定です。今回もスタンプラリーなど祭りに来てもらうきっかけになるような仕掛けを用意しますので、ぜひたくさんの人に来てもらいたい」と小川さんは話します。

さまざまな人が関わり、受け継がれてきた初午祭。時代の移り変わりとともに様相を変え、近年は存続の危機にさらされています。それでもなお、着飾った馬と人が一緒になって踊るという全国でも珍しい祭りを「守りたい」そんな人の思いが、祭りをつないでいきます。

◇NTERVIEW「地域に明かりをともし続けたい」
初午祭実行委員会 実行委員長
徳田 浩一さん(72)
地域を盛り上げようと、神宮通り会の立ち上げに参加してさまざまなイベントを企画したり、鹿児島神宮参道灯籠夏祭りを復活させたりしてきました。初午祭にも実行委員長として携わり始めた頃に感染症が流行し、令和3・4年は御神馬の奉納のみに。以前は20団体以上が参加していた踊り連も、昨年の祭りでは16団体にまで減りました。時代の流れとともに生活が変わり、昔は地域で飼われていた農耕馬も、今は祭りのためになんとか維持している状態。人馬一体となって踊る祭りを後世に残していくために、時代の変化に合わせてPR方法を工夫するなど、全国へ発信していきたいです。

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