■佐賀大学交流事業特別展の開場式を行いました
11月2日(木)、小城市立歴史資料館で関係者による交流事業特別展の開場式が行われ、佐賀大学から展示解説の図録が贈呈されました。
佐賀大学附属図書館所蔵の『小城藩日記』には、江戸時代における風水害・干ばつ・地震・火災などの災害の記録を多数見いだすことができます。特に風水害は江戸時代、小城藩領を流れる牛津川・祇園川流域などで頻繁に発生し、多くの被害をもたらしました。
本展示では、江戸時代の小城における災害と人びととの関わりについて、現代とのつながりを考え『小城藩日記』などさまざまな史料を用いて紹介します。
■土生遺跡史跡指定50年記念シンポジウムを開催しました
9月23日(土・祝)、ゆめぷらっと小城の天山ホールで土生遺跡史跡指定50年記念シンポジウム「ここがすごいよ。土生遺跡!」を開催し、およそ120人が参加されました。
パネラーに高島忠平(たかしまちゅうへい)さん(佐賀女子短期大学名誉教授)、吉田広(よしだひろし)さん(愛媛大学教授)、片岡宏二(かたおかこうじ)さん(小郡市埋蔵文化財調査センター長)、服部二朗(はっとりじろう)さん(土生遺跡第4次調査担当者)を迎え、遺跡保存のこれからの方向性や課題などについて多角的に議論が行われました。
■おぎの歴史探検隊
○電気工学者・中野初子(なかのはつね)は小城の男なり〈その2〉
日本でも電気の利用が広がるなか、工部大学校を卒業した中野初子は、明治21(1888)年、多久市出身の志田林三郎(しだりんざぶろう)を助け電気学会を創立し、その初代会長には逓信大臣(ていしんだいじん)の榎本武揚(えのもとたけあき)が就任しました。また、同年より初子はアメリカのコーネル大学に留学、電気工学を専攻して研究に励みます。同大学で学位を取得し明治24(1891)年に帰国すると、帝国大学工科大学(現東京大学工学部)の電気工学科教授に就任しました。
また、初子の大きな業績の一つが、東京電灯(現東京電力)浅草火力発電所の大容量発電機の設計です。これは初めての国産大型発電機で、明治28(1895)年、石川島造船所が製造しました。設置された200キロワット・2,000ボルトの単相交流発電機(4基)は、当時としては世界最大クラスの容量でした。
もっともこの発電機は故障が多く、同所にはドイツ・アルゲマイネ社の発電機(2基)も併設されました。このドイツ製発電機が50ヘルツだったため、以後は東日本が50ヘルツに。明治30(1897)年、大阪電灯(現関西電力)がアメリカ・GE社製の発電機を導入し、これが60ヘルツだったため、西日本は60ヘルツになりました。(続)
小城郷土史研究会/著
開館時間:9時~17時
休館日:毎週月曜日・祝日
問合せ・申込み:歴史資料館 文化課(桜城館2階)〔担当:下川・永田〕
【電話】71・1132
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