◆ただのラブコメディではない
アプリで後追い視聴できるようになってから、スマホでテレビドラマを見るようになった。今興味深く視聴しているのが「セクシー田中さん」だ。怪しげなタイトルだが、アダルト系でもなければ、ただのラブコメディでもない。「セクシー田中さん」こと田中京子さんは、税理士資格をもち「経理のAI」と言われるほど仕事は完璧だが、友だちも恋人もいない40代独身、社内でも浮いた存在だ。しかし、田中さんにはもうひとつの顔がある。週に1度ペルシャ料理店で、まさしく「セクシー」な衣装を着てベリーダンスを踊っている。もちろん社内では秘密だ。
このドラマの主人公は田中さんではない。主人公は倉橋朱里、同じ会社で働く23歳の派遣社員だ。田中さんとは真逆でコミュ力高く、いや、その場で空気を読む力と、若さと容姿を活用して生きている。結婚相手を探すために連日合コンを繰り返すが、その度に虚しさを感じている。倉橋さんは自分の置かれている状況をよく知っている。脚本は、倉橋さんのセリフを通して女性が置かれている現実を時折剥き出しにする。そんな場面を3つ紹介しよう。
1つ目は、合コンでの「究極の2択」ゲームだ。結婚相手に求める条件をカードに8枚書く。その中から2枚選んでより大事なカードを1枚選択する。これを繰り返すと最後に残った一枚が「譲れない結婚相手の条件」となる。倉橋さんは「犬が好きな人」「子どもが好きな人」などと書き、男性陣は「あかりちゃん、かわいい」と盛り上がる。さて、倉橋さんは自宅に戻ると「男の人の前で本音なんか書くわけないじゃん」と、本気を書き始める。「最低年収300万」「気軽に借金しない人」「暴力無理」「うかつに起業とかしない人」など、求めるものは現実的だ。「300万」という数値は、生涯未婚男性の年収ボーダーラインであり、よく取り上げられているデータだ。
2つ目は、自分は期待されない存在だったとつぶやくシーンだ。初めてお給料をもらった時、短大卒の派遣社員では自立できないと悟った。だから合コンを繰り返す。本当は行きたい大学もあった。しかし、母親から「あかりは短大でいいんじゃない。女の子だし。」と言われ、経済的理由から弟の大学進学を優先した。これも、子どもに対して「四年制大学卒業まで」を希望する割合が、男女によって大きく異なっている日本の現実を背景にしている。
3つ目は、合コンで知り合った男性に友だちが集団レイプされそうになったときのことだ。助けてもらった男友だちから「男なめてっからだよ。おまえら、あいつらにどうみられているのか、自覚あんのか」と怒られた時の返答だ。「わかってるよ。そんなのランドセル背負ってる頃から、いやというほどわかってる。」倉橋さんは、幼い頃から周囲から性的な眼差しを感じて、その都度、ことを荒立てないように自己防衛してきたのだと吐き捨てるように言うのだ。
このドラマは、そんな倉橋さんが田中さんに憧れて、女性としての生き方を考え真摯に生きようとする姿がコミカルに描かれている。これからの展開が楽しみだ。
神村 早織(大阪教育大学)
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