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国際交差点vol.43

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島根県松江市 クリエイティブ・コモンズ

夜空ノムコウ~松江と世界とちっぽけな勇気~
永瀬光(玉湯町出身、現JICAキルギス事務所勤務)

みなさんこんにちは!
JICA海外協力隊員として松江からケニアに旅立ったのは2013年、あれから10年が経ち今僕は中央アジア、シルクロード上にあるキルギス共和国にいます。日本から遠く離れたこの国で、JICAボランティア事業のコーディネーターとして働きながら、近い将来島根に戻るため力をためています。島根には『何もない』と思っていた学生時代、地元を飛び出し遠く離れて今、改めて島根の良さ『ないものはない』ことに気づかされます。
国際協力なんて興味のなかった僕が協力隊に参加したきっかけは、2011年に起きた東日本大震災。当時の僕は雲南の交番に勤務する警察官でした。発災当時、管轄の農家さん宅でお茶をごちそうになっていた僕は、生中継の映像にくぎ付けになりました。しばらくして宮城県に派遣され現場を直接目にした時の衝撃は今も忘れられません。被災地派遣後も何度か休暇を取って現地でボランティア活動に参加。そして、世界の人々から受けた多くの支援を知り、一日本人として恩返しがしたいと、いてもたってもいられず協力隊に応募、生活インフラも整わないケニアの田舎に派遣されることになりました。
ケニアでは、農業省の地方事務所で農業技術の普及に励みつつ、現地の農家さんと一緒に毎日畑に出て土にまみれる日々を過ごしました。派遣を終えてからは、日本で派遣前の青年海外協力隊員たちの訓練業務に携わり、ベトナム事務所勤務を経て今に至ります。
当時、仕事を辞めることに不安がなかったとは言えません。でも、さんざん考えて『いいと思った道』を進むことに迷いはありませんでした。日本中から集まってきた協力隊の仲間たち、ケニアの田舎で出会った人々、ベトナム・キルギス事務所で受け入れた隊員たちと事務所で一緒に働き、苦楽を共にした現地職員たち。新たな土地で、初めて出会った人々と取り組んだこれまでやったことのない仕事と困難。松江を離れてから今まで起きたすべてのことが、僕の好奇心・冒険心を刺激し、初めての環境・仕事でのサバイバル能力を磨き、いつどこにいても『何でもやってやろう!』という勇気に繋がっています。
松江もキルギスも、同じ空の下『夜空ノムコウ』には新しい明日が待っていて、どんな困難があっても前に進むしかない僕たちの背中を押すのは、根拠のない『ちっぽけな勇気』。一度きりの人生、ちょっとだけ冒険してみませんか!?

*JICA海外協力隊の募集を本紙24ページに掲載しています。

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