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(チーム水球)葛飾 北斎の一生

10/12

東京都墨田区

●すみだ北斎美術館(亀沢二丁目7番2号)
入館時間:午前9時半から午後5時半まで
*入館は午後5時まで
*月曜日は休館
入館料(常設展):
・一般…400円
・高校生・大学生・65歳以上の方…300円
・中学生以下・障害のある方…無料
*企画展の入館料は、企画展ごとに異なる(詳細は、すみだ北斎美術館のホームページを参照)
*今号記載の作品は、全てすみだ北斎美術館所蔵

●お話を伺いました
学芸員 山際 真穂さん

◆北斎が描く絵の変化
北斎と言えば風景版画のイメージが強いですが、70年の画家人生の間に何度もテーマや画風が変化しています。その一部をご紹介します。

◇19歳から34歳まで
浮世絵界にデビューした20歳頃は、「錦絵」(多色摺木版画(たしょくずりもくはんが))で、役者絵や美人画、子ども絵、名所絵など多種多様な画題を描いています。

◇35歳から44歳まで
画風が一変し、当時の北斎の画号「宗理」から、「宗理風美人」と呼ばれる美人画をたくさん描きます。色白で細身、目や口は小さく鼻はすらりとした“うりざね顔”の美人顔が特徴です。またこの頃の作品では、西洋の透視遠近法に学んだ洋風風景版画を多く生み出しています。

◇45歳から52歳まで
ついに、葛飾 北斎と名乗るようになります。この頃は、長編小説の挿絵制作に注力します。今までなかった奇抜な構図などの挿絵で、「絵入り読本が大流行した」と当時の記録にあるほどです。そのほか、この時期は挿絵以外にも多くの作品が残されており、精力的に活動していたことがうかがえます。

◇53歳から70歳まで
絵手本「北斎漫画」、いわゆるスケッチ画集のようなものの制作に取り組みます。海外では「HOKUSAI SKETCH」と呼ばれて世界中で人気です。

◇71歳から74歳まで
「冨嶽三十六景」が発表されます。今では日本のアイデンティティといえるほどの傑作です。本作品は、富士山をテーマにした風景を46種類描いたもので、その美しさは現代でも色あせることがありませんね。

◇75歳以降
主に肉筆画を描くようになり、動植物や古典、故事、宗教的な題材が多くなります。これまでに北斎が培った多彩な表現技法を余すことなく取り入れた作品が生まれています。

◆北斎という人物・こだわりに迫る!
◇北斎はどんな人物だった?
北斎は、とにかく幼少期から絵を描くことに熱中し、浮世絵師となってからも絵の道一筋。中国や西洋の絵画も学び多くの技法を取り入れて絵を描き続ける一方、人気が出てからも生涯自分の絵に満足することはなかったそうです。また、絵を描くこと以外は無頓着で、部屋はとても汚く、お金の枚数も数えず包みをポンと投げて渡すなど、とにかく絵を描くことだけに集中し、変わり者と言われながらも描き続ける、絵に対する北斎の探究心が伝わってきました。北斎の様々なエピソードは「葛飾北斎伝」という伝記に書かれているので、ぜひ読んでほしいです。また、館内には、北斎のアトリエの様子を再現した模型があり、当時の様子が精巧に再現されています。

◇行きつけの場所や大切にしていたもの
引っ越しを90回以上も繰り返したといわれる北斎にも、行きつけの場所があったそうです。そのうちの1つが業平にある「柳島妙見山法性寺」です。ここは北斎が信仰していた寺として有名で、柳島妙見山法性寺の境内にある「妙見堂」を題材とした作品もあります。
また、江戸時代は火事が多かったそうで、北斎と娘のお栄は、絵筆1本のみを持って避難したという話が伝わるそうです。愛用していた絵筆を、まるで魂のようにとても大切にしていたことが感じ取れますね。

◇作品はどのように受け継がれてきた?
現在、私たちが鑑賞できる北斎の作品は、国内外のファンや、門人(弟子)がその魅力に惹ひかれ、200年以上大切に保管し続けられてきたものがほとんどだそうです。
北斎自身が亡くなってからも、大切な人へと受け継がれ、多くの人の"ずっと大切に残したい"という強い想(おも)いで今も残る作品たち。しかし、想いだけで引き継ぐことは難しく、かびや虫、紙の破損等を防ぐため、明かりの調整、湿度や温度の管理が重要と伺いました。美術館が薄暗くフラッシュ禁止なのは、こういう理由があったんですね。作品に関わる方の愛情や想いがあるからこそ、200年の時を経ても多くの作品と出会えることに感動しました。

◇富士と言えば北斎
北斎は「冨嶽三十六景」で美しい46の富士図を描いています。ちょうどその頃、江戸では「富士講」という山岳信仰が大流行。富士講とは「富士を拝み、富士山霊に帰依し心願を唱え、報恩感謝する」という教えが庶民に広まったものです。この流行がきっかけで、北斎の描く富士山も大ヒットしたようです。構図の面白さ、創意工夫に満ちた絵に人々は魅了され、「北斎といえば富士、富士といえば北斎」といわれるほどになりました。

◇生涯こだわり続けた水の表現
北斎が生涯こだわり続けたモチーフが、水の表現です。「神奈川沖浪裏」ではリアルな波しぶきが印象的で、「冨嶽三十六景」のあとに出版された「諸国瀧廻り」では、日本各地の滝8図が描かれており、北斎の様々な水の表現が見られます。「水の激しさ」「静かな流れ」「とどまる水」。ビデオのスロー再生がない時代の中、まさに変幻自在な水が、様々な技法で表現されています。
同館では、平成30年に水の絵だけを集めた企画展「変幻自在!北斎のウォーターワールド」を開催したそうです。北斎が、いかに多くの水に関する作品を描いたかがうかがえますね。

◇取材を終えて
北斎の芸術は、世界的に高く評価されており、多くの芸術家に影響を与えています。私たちは、日本に生まれた北斎の作品を通して、美しさや感性を共有できます。北斎の芸術が未来にも継承されるよう、私たちもその作品を大切につなぐことが重要だと思いました。

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