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写真で見る 逗子70年の歩み

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神奈川県逗子市

1954(昭和29)年4月15日。逗子市は全国で384番目、県内では9番目となる市制を施行しました。以降、市制70周年を迎える現在まで、たくさんの先人に支えられて着実に歩み続けてきました。市の歴史を振り返りながら、逗子のさらなる発展に思いをはせてみませんか。

1950(昭和25)年7月に横須賀市から分離独立した逗子町は、1954(昭和29)年に「逗子市」として誕生しました

◆市制施行日
いくつもの市制施行祝賀パレードが市内を練り歩き、多くの市民が一緒に行進。夜が更けるまで、盛大なお祭り騒ぎだった

◆70年前の逗子海岸
1955(昭和30)年頃の逗子海岸と田越川。1964(昭和39)年には、湘南有料道路(現在の国道134号線)が開通した

◆まちの発展とにぎわい
高度経済成長期以降、各地で急速な宅地開発が進み、住宅都市へと発展します。多くの海水浴客が訪れ、リゾート地としてもにぎわっていました。

・1958(昭和33)年に披露山公園開園。自然環境保全のため、市内各所で公園整備が進んだ
・1963(昭和38)年、大規模な宅地開発が始まった頃の小坪亀が岡団地。その後、池子アザリエや久木ハイランド、沼間グリーンヒルなどの開発が続いた
・1967(昭和42)年には海水浴客が約235万人を記録。国鉄(現JR)逗子駅前は海水浴客であふれた
・逗子海岸には遊園地「逗子コニーランド」が夏の間だけ開設
・1972(昭和47)年に池子弾薬庫の一部返還が実現し、第一運動公園として開園。1977(昭和52)年には第1回市民まつりが開催され、現在も続く市のイベントに

「市制20周年に市の木「つばき」、30周年に市の花「ほととぎす」が決まったよ」

◆快適なまちづくり
市役所庁舎や図書館などの建て替えが進み、JR逗子駅前も現在の姿に。文化プラザホールなど新しい施設も続々とオープンし、より住みやすく便利なまちへ変容していきます。

・1985(昭和60)年に、京浜急行逗子海岸駅と京浜逗子駅が合併し、新逗子駅(現在の逗子・葉山駅)が開業
・1995(平成7)年にJR逗子駅前広場の整備が完了。歩道を広く段差もなくして、点字ブロックやベンチを配置した
・1997(平成9)年に逗子アリーナがオープン。翌年のかながわ・ゆめ国体のレスリング会場に
・2001(平成13)年に逗葉地域医療センター・保健センターが完成。日米共同使用だった進入路は、2022(令和4)年に市に返還
・2005(平成17)年に現在の図書館と文化プラザホール、2年後には市民交流センターと、幅広い世代が集える施設がオープン

「2006年に初登場、逗子市広報キャラクターの「シズオ」。どんぐりの妖精だよ」

◆未来へ向けて歩み続ける
海と山、豊かな自然に囲まれた逗子。都市部へ近い立地から、たくさんの移住者を受け入れ住みやすいまちへと発展してきました。70年という歴史の中では自然災害や、近年では感染症の流行などもありました。けれど、いつの時代もまちには生き生きとした市民の姿があり、変化や困難も柔軟な姿勢で乗り越えてきました。これまでも、そしてこれからも。希望があふれる明るい未来に向けて、歩み続けていきます。

「コロナ禍を乗り越え、昨年4年ぶりの開催となった花火大会。11万人が来場したよ」
・市民と市が協働で、2011(平成23)年からずし平和デー、2013(平成25)年から逗子アートフェスティバルを開催
・地域の課題に対応する、新しい地域自治の仕組みとして、2015(平成27)年から住民自治協議会が始まった
・2015(平成27)年に池子の森自然公園スポーツエリア、翌年には緑地エリアがオープン

※詳しくは本紙をご覧ください。

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