文字サイズ
自治体の皆さまへ

歴史にふれる

20/27

茨城県かすみがうら市

■寺社から見る宮大工の足跡
今月は、加茂にお住まいの松まつば葉薫かおるさんが、著名な宮大工「永野(ながの)一門」が手掛けた、建造物について話してくれました。

■宮大工「永野一門」の歴史と古文書
永野一門は、江戸時代を中心に下野国田野辺村(現在の栃木県芳賀郡市貝町田野辺)を拠点に活躍した宮大工で、永野万右衛門(ながのまんうえもん)を頭領とした一門です。彼らは、栃木県内を中心として、近郷に数多くの優れた寺社建築を残しました。永野一門に関する古文書に「諸国普請々合記(しょこくふしんうけあいき)(永野家文書)」があります。この古文書には、17世紀から19世紀初め頃までに永野一門が関わった建造物がまとめられており、大変貴重な資料となっています。

■永野一門が関わった市内の建造物
永野一門による市内の建造物として、元文4年(1739)に建てられた加茂地区南圓寺(なんえんじ)の護摩堂と、宝暦13年(1763)に建てられた南圓寺の客殿があります。いずれも火災により現存しませんが、客殿は江戸時代の絵図の中にその立派な姿を見ることができます。13間×9間(約24.5m×16.4m)の建物であったとされ、当時の様子が伺えます。

■周辺地域の建造物を一部紹介
「諸国普請々合記」から永野一門が関わった建造物を一部紹介します。※()内は地区名
[土浦市]等覚寺客殿(大手町)、海蔵寺客殿(沖宿)
[つくば市]東福寺客殿・山門・護摩堂(松塚)
このほかにも水戸城内や土浦城内、筑波山神社隋神門の建築を行っていたことが分かっています。
皆さんもぜひ、永野一門の仕事に思いを馳せてみてください。

■2月号(2月20日発行)訂正とお詫び
文中の記載に誤りがありました。訂正してお詫びします。
[誤]陸軍参謀本部陸地測量部
→[正]陸軍参謀本部

問合せ:歴史博物館
【電話】029-896-0017

<この記事についてアンケートにご協力ください。>

〒107-0052 東京都港区赤坂2丁目9番11号 オリックス赤坂2丁目ビル

市区町村の広報紙をネットやスマホで マイ広報紙

MENU