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被爆78周年原水爆禁止世界大会(2)

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北海道歌志内市

■広島で学んだこと
歌志内学園9年 熊谷篤輝さん
原爆というものについて僕は元々とても恐ろしいものであるということは知っていましたが、くわしくはあまり知りませんでした。
そこで広島へ行き、いろいろなものを見て、聞いたことで、原水爆のことについてたくさん知ることができました。
広島へ行った3日間で、一番心に残っていることは、当時のことをよく知る被爆者の方の話でした。その被爆者の方が小学1年生のころに原爆が落ち、当時米軍の飛行機が来ると警報が鳴っていたそうですが、そのときは鳴らず人々は何も知らないまま普段どおり通勤していたり、学校に行ったりしていました。
核が落ちてから少し経(た)ち、川の方へ行くと死体がたくさんあったらしく、そのことを聞いた僕は、水を飲もうとして力尽きたのだろうと思っていましたが、実際は水を飲んだとたんに即死したらしく、原爆で内蔵もやけどを負ったからだと話されていました。
原爆資料館では、人の影だけが残った壁、熱で溶けたりボロボロになってしまった物などを見たことで、とても心に響きました。
また、原水爆についてだけではなく、福島の原発の事についてもスピーチでいろいろな事を聞かせてもらいました。
僕は原爆は元から反対で、原子力発電に原子力を使うのは賛成でしたが、今回の体験を通して原子力発電の安全性などをもう一度しっかりと理解し、原子力をどのように扱うかをよく考えていくべきだと思いました。

■被爆78周年原水爆禁止世界大会を振り返って
歌志内学園9年 中川瞬さん
僕は、原水爆禁止世界大会に参加しました。
印象に残ったことは、語り手が話をしてくれた体験談で、視界が真っ白になって何も見えなかったことや、原爆で亡くなった人を集めて、火葬する時に、知り合いや友達がその集めた人の中に居たり、大けがをして骨が見えたり、顔が焼けただれ痛々しい姿をしていたなど経験者が語っていたのでものすごく心にささりました。
二日目では、資料を用いて原爆や被爆地の話を図やグラフを見ながら聞いたのでとてもわかりやすかったのですが、政治的なことについても話をしていたため、理解するのが難しかったです。
三日目には、原爆ドームと原爆資料館に行きました。原爆ドームでは、原子力爆弾の熱線や爆風によって、焦げた壁や溶けかかった鉄の階段などが見え、原子力爆弾は爆発だけではなく、熱線や爆風が人や物、建物までにも被害や影響を及ぼすんだなと思いました。資料館では、原子力爆弾の熱線によって、被害にあった三輪車や鉄製の弁当箱などの日用品が溶けかかったり、原型がわからなくなるくらいに溶けて固まった物や、溶けていろいろな物にくっついてしまった物が展示されていました。そして、ボロボロになった衣服や衝撃的な写真も展示してありました。
僕は、この経験を活かして、原爆の悲惨さを世界に広める必要があると思いました。なぜなら、広島や長崎に落とされた原子力爆弾よりももっと強い核兵器を持っている国が今もたくさんあるからです。

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