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境港史話『温故知新』(78)境港の昔の新聞(3)

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鳥取県境港市

〜境港商報(さかいこうしょうほう)その2〜
■大正9年
(7月10日511号)
・「虎疫(こえき)(コレラ)予防注意」
木村虎次郎境町長は2日付をもって全町民に対し虎疫予防の諭告を発した。
[いつの時代も疫病は大きな脅威ですね。]
(10月16日521号)
・「弓浜連合運動会」
弓浜体育会主催となり来る29日境町舊(もと)台場公園地に於て境、外江、上道、渡、余子の5小学校の秋季連合運動会を開くべく目下準備中なるが参加校児童数3千名の多数に上るべく当地方未曽有の盛観を呈するであろう。
[これが近年開催100回を越えた小学校連合体育大会の始まりです。]
・「岩田新知事、境港を視察」
中浜綿や境港湾を視察。
(12月6日526号)
・「境港はどうしても修築されねばならぬ」
境港湾修築問題は決して境港一港だけの問題ではない。日本海が帝国国防上重要なるが如く此の問題も亦日本帝国の重要な問題…。
[当時は、交易の面以外に、日本海におけるロシアバルチック艦隊との海戦・ワシントン条約後の連合艦隊訓練など軍事的な面でも境港の重要性について紙面で指摘されています。]
・「10月1日実施の国勢調査の境町の結果」
総人口5830余名(現在の境地区より約500名多い。)世帯数1390余

■大正10年
(1月2日529号)
・「弓浜町村会」
境、上道、余子、中浜、大篠津、和田、富益、夜見、外江、渡、崎津の11ヶ町村長は、7日大篠津村大阪屋に於て町村統計會を開催。
[浜の目(※令和5年市報5月号を参照ください。)の繋がりが強かったようです。]

■大正11年
(10月16日593号)
・「合資会社第貮商会開店」
境町第三銀行通りに於て開店。将来陰陽線縦貫連絡の完成且境港修築も数年後確実に竣工を告ぐるをもって境港利用事業発展の魁(さきがけ)とし…。
[貿易振興の重要性が記されています。]

編集:市史編さん室

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